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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第14回(2018年)は静岡県でおこないます。
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2017-11-24主体的・対話的で深い学び

[]主体的・対話的で深い学び 主体的・対話的で深い学び - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 主体的・対話的で深い学び - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 主体的・対話的で深い学び - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

「主体的(な学び)」,「対話的(な学び)」,「深い学び」について整理してきたが,整理してみれば見るほど全てが相互に関わっていることがわかる。

もちろんそれぞれピックアップして論ずることができるが,論じていくと他の学びに繋がってくる。

過去(自他),現在(自他)の学びから未来(未知)への学びを生み出すという共通点がある。


「未来(未知)への学び」についてまとめると,

「主体的(な学び)」では,「学びの意味を見つける(意味が変わる)」という学びに繋がる。*1

「対話的(な学び)」では,過去の情報との対話,現在の周囲の非意図との対話,そして未来に「どうしたいか」,「どうなりたいか」,「どうあるべきか」という対話となる。*2

「深い学び」では,「鳥瞰的視座」に立つことにより,今まで(過去)見えなかった関係性から,新たな学び(未来)が生まれてくる。*3

過去のことを現在学んで,そこで留まっていては,「主体的・対話的で深い学び」にはならないということだ。

ちかごろは,「授業デザインの掛け違え」の事例を集めている。先日授業で課題にしたところ,学生が以下のような事例を出してくれた。

私が見た理科の授業で、ゴムを使って台車を飛ばす実験をしていた。授業の初めに先生はゴムの長さや二重や一重、引きの長さなどでどのように飛ぶ距離が変わるかを比較しようという趣旨の話をして子供たちに自由に実験させる環境を作ったが、子供たちはどれだけ遠くへ台車を飛ばせるかに集中してしまい、しまいにはやる子供、使うゴム、引く長さまでもほとんど同じなのにも関わらず何回もおこなうようになってしまっていた。中にはゴムを変えたりしているグループもあったが、目標がずれたグループがあったので、授業デザインのかけ違えがあったと思った。

未来にどのような学びがあるのかの期待感を持たせなければ,「活動ありて学び無し」の内容となってしまう。「目標の提示,共有化」の重要性がここにある。

「この授業が終わったら,どんな新たな世界を見ることができるのか?」というわくわくする授業を追求しなければ。

2017-09-27対話的な学びとは その2

[]対話的な学びとは その2 対話的な学びとは その2 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 対話的な学びとは その2 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 対話的な学びとは その2 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

思いの外「対話的学び」について書くことがたくさんになってしまったので,その1の続き。

誰と対話するの?ということを考えてみる。人間は大きく分けると

  1. 過去
  2. 現在
  3. 未来

と対話できる。

1.過去

人間は過去と対話できる。過去とは会話できないが,対話はできる。過去との対話は文献を初めとする記録され,保存された情報となる。学習指導要領解説でも

子供同士の協働,教職員や地域の人との対話,先哲の考え方を手掛かりに考えること等を通じ,自己の考えを広げ深める「対話的な学び」が実現できているかという視点。*1

とある。「先哲の考え方」を児童生徒が簡単に閲覧できるのは本かネットの情報だろう。保存されたものは全て「過去」のものである。これらの情報をもとに,既存の知識を再構成し,新たなものを生み出すというのは,今までやって来たこと。「先哲の考え方」を単に覚えるのでは,「対話」とは言えないのは言わずもがなである。

2.現在

会話できる相手と現在対話できる。メディアを使って言語をやりとりできる相手と現在対話できる。

自分自身と現在対話できる。

3.未来

未来の何かと対話できるのだろうか?と考えてみた。「目の前のこの人が将来立派な人になるため,自分には何ができるのだろう?」という問いの設定をしてみると,「目の前のこの人」と今対話しても,その答えは出ない。目の前の人が数年後どうなっているのか?という想像をもとにその姿と対話した方がいい答えが出る。

これは自分との対話ではない。未来の他者との対話だ。未来の他者は反応してくれない,それは想像で賄う必要があるのだが,自分と対話しても答えは出ない。

ここでいう「未来の他者」は「未来の自分」や「未来の日本」などに置きかえることもできる。決して絶対解は出てこないのだが,対話してより良い答えを出した方がいいに決まっている。

最適解を出すためには未来との対話ができるようになる必要がある。

まだ書きたいことがあるので,たぶん,続く。

*1:中学校学習指導要領解説P.77

2017-09-09対話的な学びとは その1

[]対話的な学びとは その1 対話的な学びとは その1 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 対話的な学びとは その1 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 対話的な学びとは その1 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

「対話」という言葉の意味をちょっと考えてみる。「会話」でも「議論」でも「話し合い」でもない。「隣の人と会話しなさい」,「隣の人と議論しなさい」,「隣の人と話し合いをしなさい」という表現はしっくりくるが,「隣の人と対話しなさい」となるとなんか変な感じがする。

「対話」の辞書的な意味は「双方向かい合って話をすること。また,その話。比喩的にも用いる。」*1

なんだけれど,「会話」とどこが違うの?ちなみに「会話」の辞書的な意味は「2人または数人が,互いに話したり聞いたりして,共通の話を進めること。また,その話。」*2

違いは「比喩的にも用いる。」の有無。きっと「対話的な学び」の「対話」は原義はもちろん比喩的な意味も含まれているのだろう。

話を元に戻して,「隣の人と対話しなさい」というがなんか変な感じに思うのは,私が「対話」に含まれる,辞書に表されていない意味をなんとなく込めているからだ。

そこで「対話」はどんな意味で使われているのかを調べてみると,いいサイトが見つかった。

ワールドカフェネットにいろいろな引用が掲載されていた。その中で,自分が含めている意味を言い得ている表現はこちら。

人は「対話」の中で、物事の意味付け、自分たちの生きている世界を理解可能なものとしています。人が物事を意味づけるときに、一人でそれに向かっているのではありません。相互理解を深めていくには、単に「客観的事実(知識・情報・データ等)そのもの」を知っているだけでなく、「客観的事実に対する意味」を創造・共有していくことが重要となるのです。

出典: 『ダイアローグ 対話する組織』 中原淳、長岡健 (共著)

「対話」は意味づけをしているというのだ。「会話」,「おしゃべり」は,単に「言い合う」だけでいいが,「対話」は意味づけをするためにおこなっているのだ。

目の前で起こった問題に対して,どのように解釈するか,どのような解決策を講じるかというときに「対話」という語が使われる。「各国の対話」,「首脳陣の対話が必要」は,「会話」で置き換えられない。会話すればいいって問題じゃないから。「学び」でも同じことが言えるのだろう。「会話してりゃ深い学びになるってわけじゃないよ」ということ。

先に「対話しなさい」に違和感を持つというのは,対話かどうかは本人の問題で,人に指示されることじゃないというところに原因があるようだ。意味を見つけようとしているかどうかは本人しか知らないし,本人が意味を見つけようとしなければ,対話にはならない。

学習指導要領で「協働的な学び」という語が消え「対話的な学び」になったということを田村学(文部科学視学官)は

一方「対話」は、「協働」に比べて、やりとりがあり、言語が介在し、また考えて自分で認識するというイメージがあります。(「教職研修」 2016.9 インタビュー「対話的な学び」とはなにか?

と述べている。「自分で認識する」というように,「自分に帰ってくる」ことが無ければ「対話」と言えないことがわかる。

つまり,「対話」するかどうかは本人次第であり,「対話しなさい」と言われたって,意味を見つけようとしない人には「対話」はできないことになる。こう考えてくると「対話的な学び」は「主体的な学び」に通じていることになる。

「対話的な学び」が最も簡単に書けるかな?と思ったんだけど,思いの外,奥が深かった。次回「何との対話?」にたぶん,続く。

*1:デジタル大辞林

*2:同上

2017-09-06「深い学び」について

[]「深い学び」について 「深い学び」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「深い学び」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 「深い学び」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

新学習指導要領で柱になっている授業実践の視点「主体的・対話的で深い学び」で,「深い学び」が最もつかみ所が無いものだと思う。「豊かな学び」とか,「深い学び」というものは,漠然と当たり前のように使われて,具体的にどのような状態が「深い学び」になっているのかを言語化しないままでいた。

「中学校学習指導要領解説 総則編(2017.7)」から読み取れる「深い学び」について考えて,「深い学び」とはこうなんじゃないかな?というものを探っていく。今回は引用が多い。

解説では「これが『深い学び』だ!」と明確に定義はしていないが,「深い学び」だけに言及している部分はある。


「第1章 総説 1 改訂の経緯及び基本方針 (2) 改訂の基本方針 ③ 「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善の推進」

オ.深い学びの鍵として「見方・考え方」を働かせることが重要になること。各教科等の「見方・考え方」は,「どのような視点で物事を捉え,どのような考え方で思考していくのか」というその教科等ならではの物事を捉える視点や考え方である。各教科等を学ぶ本質的な意義の中核をなすものであり,教科等の学習と社会をつなぐものであることから,児童生徒が学習や人生において「見方・考え方」を自在に働かせることができるようにすることにこそ,教師の専門性が発揮されることが求められること。(P.4)

  • 教科ならではの「見方・考え方」を働かせると「深い学び」に繋がっていく。
  • 教科等の学習と社会が繋がることにより「深い学び」が起こってくる。

「第3節 教育課程の実施と学習評価 1 主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善」

主体的・対話的で深い学びの実現に向けた授業改善の具体的な内容については,中央教育審議会答申において,以下の三つの視点に立った授業改善を行うことが示されている。〔中略〕

③習得・活用・探究という学びの過程の中で,各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら,知識を相互に関連付けてより深く理解したり,情報を精査して考えを形成したり,問題を見いだして解決策を考えたり,思いや考えを基に創造したりすることに向かう「深い学び」が実現できているかという視点。(P.76)

  • 各教科等の特質に応じた「見方・考え方」を働かせながら,知識を相互に関連付けてより深く理解する。
  • 情報を精査して考えを形成する。
  • 問題を見いだして解決策を考える。
  • 思いや考えを基に創造したりすることに向かう。

というものが「深い学び」の実現されている姿であると書いてある。

1つ目は「深く理解」とあるので,「深い学び」の説明とは言えないが,様々な情報や既習事項を関連させて新たな考えを持ったり,問題を発見して解決策を得るということだと言っている。


主体的・対話的で深い学びの実現を目指して授業改善を進めるに当たり,特に「深い学び」の視点に関して,各教科等の学びの深まりの鍵となるのが「見方・考え方」である。各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方である「見方・考え方」は,新しい知識及び技能を既にもっている知識及び技能と結び付けながら社会の中で生きて働くものとして習得したり,思考力,判断力,表現力等を豊かなものとしたり,社会や世界にどのように関わるかの視座を形成したりするために重要なものであり,習得・活用・探究という学びの過程の中で働かせることを通じて,より質の高い深い学びにつなげることが重要である。

なお,各教科等の解説において示している各教科等の特質に応じた「見方・考え方」は,当該教科等における主要なものであり,「深い学び」の観点からは,それらの「見方・考え方」を踏まえながら,学習内容等に応じて柔軟に考えることが重要である。(PP.77-78)

  • 各教科等の特質に応じた物事を捉える視点や考え方によって「深い学び」が起こり,学びが「社会の中で生きて働く」ものとなり,「社会や世界にどのように関わるかの視座を形成」することになる。

以上のことをまとめるとこのようになるだろうか?

  1. 教科特有の「見方・考え方」を得る
  2. 既習事項と今の学びを結びつけ,新たな考えを得る
  3. 新たな課題を見いだし,解決策を得たり,新たなものを想像する
  4. 学んで得たものがどのように社会に関わっていて,どのように社会で働かせられるのか,どのように影響するのかを得る

最後の方は私の発展的解釈も入っているが,「深い学び」が起こり,現実に社会に働かせることが出来ればいい授業になるなぁと思う。

内田樹さんはこんなことを言っている。

「学び」というのは自分には理解できない「高み」にいる人に呼び寄せられて,その人がしている「ゲーム」に巻き込まれるというかたちで進行します。この「巻き込まれ」が成就するためには,自分の手持ちの価値判断の「ものさし」ではその価値を考量できないものがあるということをみとめなければいけません。自分の「ものさし」を後生大事に抱え込んでいる限り,自分の限界を超えることはできない。知識は増えるかもしれないし,技術も身につくかもしれない,資格も取れるかもしれない。けれども,自分のいじましい「枠組み」の中にそういうものをいくら詰め込んでも,鳥瞰的視座に「テイクオフ」(take-off,離陸)することはできません。それは「領地」を水平方向に拡大しているだけです。(「街場の教育論」ミシマ社,2008,P.59)

自分がおこなっている学びは広い視座を持つことによりどのような価値があるのかわかる。自分は何をわかって何がわからないのかわかる。これらが「深い学び」に通じていると思う。内田樹さんは「テイクオフ」と言って,高い視点を持つと言っている。文科省は「深い」と対称的だが,同じことだ。

簡単に言えば,学んだことの意味がわかると言うことだろう。

意味は自分で見つけろ。(熊徹,「バケモノの子」,2015)

2017-09-04主体的な学びとは

[]主体的な学びとは 主体的な学びとは - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 主体的な学びとは - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 主体的な学びとは - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

「主体的・対話的で深い学び」の「主体的な学び」*1とは?と聞いてみると,「自ら進んで学習に取り組む。」と答えるのが一般的だ。

私は学習において,3つの場面での「主体的学び」があると考えている。

  • 学習過程
  • 目標設定
  • 学習結果

の3点である。

「学習過程における主体的な学び」とは,一般的に考えられる「自ら進んで課題に取り組んでいる」ということだ。授業中嫌々取り組むのではなく,その学習の必要性を感じ,強制されるのではなく,取り組んでいる姿が「主体的な学び」だ。教師側から見ると,これほどすばらしい学習の姿はない。とても理想的だ。教室内のみんながそうなってほしい。と願う。「主体的に学べ!」と言いたくなる。でも,言った時点で「主体的な学び」ではなくなる。

多くの教師が第1に上げるこの「主体性」は,実はこれだけでは成立しないものである。このような学習者の姿になるためには,次の「目標設定の主体性」が必要になってくる。

「目標設定の主体性」とは,課題が与えられ,学習者は学習方法や自らの目標を決められることができるということだ。課題に到達するために,まずは何をクリアすべきなのか(目標設定),どのような方法を使ったら,自分はその課題を解決することが出来るのかを考え,決めることができるということだ。

教師がやり方を決めたり,細かい目標設定をして,必ずそこをクリアすることを求めると,途端に学習者はやる気が無くなる。やる気以前に,やり方を決定したら,学習過程の主体性自体も自然と消滅するのは必然だろう。

教師が課題を設定し,学習者がやり方を選び,各自最適な方法で課題に向かうということで,学習過程,目標設定の主体性が生まれてくる。

そして最後の「学習結果の主体性」だが,課題がクリアしたときに,それまでの学習の意味を自ら見つけられるということだ。学習者が同じ課題をクリアしたとしても,学習者は個々にその課題の意味の受け取り方が違っていいものだ。

ある学習者は言語活動の重要性を知り,言語の意味を見つけ,ある学習者は仲間と繋がることの重要性を知り,ある学習者は自然現象を理解する上で,自分の書けている部分を知る……ということは,1時間の授業のうちに起こりうることである。いや,起こって欲しいことであり,教師はそこを目指さなければならないと思う。

1時間の授業で,全員が同じ受け取り方を教師が求めてしまうと,その次の学びに繋がらない。「その次の学び」こそが「深い学び」に繋がるものである*2

つまり,「意味は自分で見つける」ということだ。意味を自分で見つけられる指導,授業を仕組んでいくことで,「主体的・対話的で深い学び」を実現することが出来る。

*1:「主体的」,「対話的」,「深い」を別々に考えるべきではない。という人がいたが,そんなことはない。新学習指導要領解説でも「深い学び」と取り上げて言及している。それぞれ「主体的学び」,「対話的学び」,「深い学び」と個別に表現して考えていいものである。

*2:「深い学び」については,また別の記事で。

2012-06-11日常と非日常

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新潟ではほとんどの高校でこの時期に体育祭がおこなわれる。私の勤務校でも先日おこなわれた。

体育祭は「非日常」である。子どもたちはこの「非日常」のために「日常」を削り、準備する。よく、「この熱意が勉強に向けられれば……。」なんていう職員や親がいるが、「日常」あっての「非日常」、「非日常」あっての「日常」である。どちらも重要だし、片方に熱意を注げる人は、もう片方への熱意も強いという経験則がある。

それはそうと、生徒にとって体育祭の行事のような「非日常」は、職員にとっても「非日常」なのかというと、そういうわけでもない。日々の指導はなんら「日常」と変わらないのである。日常に指導していることと、行事における指導とで矛盾があっては生徒は混乱するし、見透かされる。つまり、行事での指導も同じ指導でなければならないので、職員にとっては体育祭であろうとも「日常」なのである。当たり前だ。仕事なんだから。

ということで、体育祭があっても職員は「非日常」を経験することがない。学生時代は「非日常」は定期的に学校から与えられるものだが、社会人になると「非日常」は自分で見いださなければならない。結婚式なんかは、かなり大がかりな「非日常」なのだが、人生の内何度もやってくるものでもない。

だから、ある人にとっては祭なんだし、ある人にとってはスポーツの試合だったりする。私にとってはアルビレックス新潟ホームゲームなのだが、最近その「非日常」から目を背けたくなってしまうのが、悩みの種だ。

2010-11-18最も効果的なICT教育

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先日、総務事務システムが導入されたと書いた。そこで今までパソコンなんか触ったことがない同僚に手取り足取り教えることの難しさを述べた。

しかし、その先生はもう総務事務システムに関しては私より進んでいる。年休の取得、出張申請、旅費請求、勤務の振替なんてお手の物だ。私は総務事務システムが稼働してから初めて年休を取ったが、その先生にちょっと聞きながら操作した。

結局ICT教育なんて、必要性がものをいう。必要だと思えばいとも簡単に覚えるのだ。総務事務システムを使わなければ、年休が申請できない。旅費が振り込まれないとなれば、やらざるを得ないだろう。もちろん知っている人に聞きながら。ICTの「C」が活かされるのだ。

逆に、学校現場で行われている「IT」機器導入なんて、必要もないのに導入し、必要もないから進まない。必要もない技術を教えるから、浸透しない。ICTなんて、手段であって目的ではない。しかし多くの現場では手段が目的になっている。現場だけではなく生活において、ICTが手段ではなく目的になっている。

携帯端末も手段であって目的ではない。しかし、iPhoneやらAndroidやら、BlackBerryのどれがいいかなんて議論になり、それぞれがそれぞれを批判するけれど、目的が達成されれば、どれを使っていようといいのであり、自分が持っていない携帯端末を批判する方もおかしいし、もっていない人から自分が持っている携帯端末の批判をまに受けて反論するのもおかしい。どうでもいいじゃん。

なんでICT機器になると、本末転倒なことがよく起こるんだろう?究極は、ICT機器が無くたって、目的が効果的に効率的に達成されることが理想なんだけど。なぜなら、ICT機器は故障するから。それが一番のストレス

MugenMugen2010/11/19 23:21整備することが目的となり、活用はほとんどされていないというのが大半の学校の実情な気がします。

事務処理に関しては、慣れればICTの方が便利はいいですが、慣れるまでが大変ですよね・・・。

F-KatagiriF-Katagiri2010/11/19 23:56Mugenさん、コメントありがとうございます。本当にそうですね。なんのために整備するのか?という議論が全くありませんね。安易すぎる気がします。経済効果のために整備しているんでしょうね。完全に官と民の癒着だ。

私は、慣れれば慣れるほど、ICTのバージョンアップに悩まされます。だから意を決してMacにしました。こちらはバージョンアップしてもほとんどインターフェイスは変わらないから。

今まで約15年間成績処理で使っていたロータス123がとうとう使えなくなってしまった今日この頃。

2009-10-23教育の目的

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10/22の内田樹先生のブログ

教育の目的はただひとつである。

それは人を成熟に導くことである。

誰も人間を他動的に成熟させることはできない。

人間を成熟させるのは自分自身である。

そのためには主体の側に「成熟しなければならない」という強い決意が必要である。

ひとが「私は成熟しなければならない」と思う理由はひとつしかない、それは「成熟しなければ、理解できないことがある」からである。それが理解したいからである。

http://blog.tatsuru.com/2009/10/22_1155.php

今日一日頑張ろう。

iku-nakaiku-naka2009/10/23 10:45お子さんの話、とても共感しました。「自分でできるようにと・・・」と思うのですが、手や口が手でしまい。大いに反省ですね、はい。

F-KatagiriF-Katagiri2009/10/23 16:20nakajimaさん、手をかけたくなっちゃうんですよね。きっと。べたべたしたいし、一緒に遊びたいし。そのうち一緒に遊んでもらえなくなるから、今のうちは……なんて思っちゃいます。

2009-08-31民主党政権獲得

[]民主党政権獲得 民主党政権獲得 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 民主党政権獲得 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 民主党政権獲得 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

大勝だけれども、教員免許更新制度は本当になくなるのかな?今年受講した人の立場は……。とはいっても、来年受講予定にされている私としても無くなってほしいが。

janglejapjanglejap2009/08/31 16:38免許更新制度について、全く同じ思いです。

F-KatagiriF-Katagiri2009/08/31 18:41janglejapさんも来年ですか?私と1周り年が違うのか……。

janglejapjanglejap2009/08/31 21:04おほほほ・・・。

2009-07-29教師の子供観は本当か?

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「中学生は難しい時期だから声をなかなか出さない。」「小学校高学年もそうだ。」「高校なんて特にそうでしょう?」なんて言われた。

「○○の年代は●●でしょう。」ということで、諦めている場合がある。または、それを打破するのに手っ取り早い方法を探っている場合がある。

しかし、その年代では難しいということをいとも簡単にやっている先生もいる。この違いは何だろう?一言で言うと「気合い」だ。その年代では難しいと思っている先生にとっては難しいし、そんなことはないと思っている先生にとっては実現できることだ。

子どもは教師の価値観を簡単に見抜く。「あ、あの教師はウチラのことを難しい年頃と思っているな。じゃあ、難しくしてやろうか。」「あ、あの教師はウチラのことを声を出さないと思っているな。じゃあ、声を出さないでいる方が楽だ。」なんてなっている。

逆に声を出して当たり前、出さないのがおかしいという「気合い」で臨むと、声を出すのが当たり前の文化が生まれる。その文化を教師が創れるかどうか、洗脳できるかどうか何だと思う。

手っ取り早い方法は、教師が変わること、教師が変われば「CHANGE〜教室は変われる〜」ということで、フォーラムのテーマにつながりました。おあとがよろしいようで