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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第14回(2018年)は静岡県でおこないます。
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2017-08-23覚えている

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私は今まで,新年度になって200人の新たな生徒を受け持ったことがあった。私の経験で最多だ。週に2〜4回顔を合わせる(2〜4単位の授業だったということ)ことになる。

一度に200人の顔と名前を一致させることは至難の業で,私の能力を超えていた。その時,湖の女神からもらいたいのは一度会っただけで顔と名前を覚えられる能力だ。

そして1年間でもうその生徒を受け持たなくなるということもあるから,その生徒とは1年だけのつきあいになる。一斉指導時代では,年間で名前と顔を覚えられる人数は少なかったが,グループ活動の授業だったり,『学び合い』をやったりすると,名前は覚えられなくても,顔を覚えられる割合はぐんと高くなった。その生徒の学びの姿が浮かんでくるから,顔が覚えられる。人は人との関わり合いで個性が発揮される。

不思議と20年以上前,たった1年だけ受け持った生徒で,私のことを覚えてくれている人がいる。いったい私の何がその人の記憶の引っかかりになっていたんだろう?と思う。出来れば肯定的な部分だったらいい。


否定的な部分で記憶に残っていて,20年以上経っても私と話したくないという人もいる。

生徒はその科目の授業において教師は1人だが,教師は授業において1クラス40人で,何クラスも受け持つから,物理的に,時間的に人を覚えられる時間が教師は生徒の40分の1という計算になる。これは一斉授業の場合だけれど。

学び合い』の場合は,子どもは教師の方を見る時間が無いし,教師は子どもを見る時間が充分にあるから,先の計算は逆転するのかな?とも思った。

ということは,20年前1年間だけ受け持ったその生徒は,私が『学び合い』をやっていれば,私のことは覚えていなかった可能性もある。寂しいけれど,それはそれでいいのだ。

でも,人を覚えるというのは,そんな単純なものじゃないんだろうな。たくさんの人に覚えられている可能性が高い教師側って,なんだか恐い気もする。何を覚えられているんだろう?その時のことは本人は忘れているが,覚えている人はもちろん覚えている。恐いからあまり聞けない。顔から火が出るから。

2017-07-10高田商業高校に授業参観に行ってきました

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先日高田商業高校の校長先生と懇談を持つ機会があり,校長先生が「いつでも授業参観に来てほしい。私はいつでもどんな先生の授業でも連絡なしで観に行っています。先生方も慣れてきて,それを当たり前に受け取ってくれている。」とおっしゃっていた。

それならということで,懇談会の次の日連絡をして,今日院生2名を連れて授業を観に行った。

前勤務校以外で,授業参観を受け入れてくれた高校は初めてだった。特別なことをやっているのを見るのではなく,いつもの授業を観に行く意義は大きい。特に,これから教師になろうという院生さんを連れて行くことで,「いつもの学校の雰囲気」に触れさせることができる。彼らはその「いつもの学校の雰囲気」に包まれて仕事をしていくんだから。

この仕事に就いてから,いろんな高校の校長先生と話して,「授業改革が必至」という感覚を持っているが,ほとんどの校長先生は「何から手を付けて行けばいいか……。」,「高校では難しい。」,「教員の意識改革が難しくて……。」ということをおっしゃる。

私が思うに,高田商業高校では,授業改革を「授業はいつ,誰に見せてもいいものだ」と教員に思ってもらうという意識改革から始めているのだと思う。

高校教員時代,私は知り合いになった先生で,いい授業をしているという噂のある方の授業を積極的に観に行った。その先生は決まって言う。「いつもやっている普通の授業をいつも通りにやるだけです。いいところも悪いところもみんな見てください。」と。それを真似て,私もいつもそのように言うようにしていた。

授業を観る視点は,どんな授業プランなのかということと同時に,子どもたちはどう反応しているのかというところだ。普段のいつも通りの授業での子どもたちの反応を観ることで,その先生のいつもの教室文化,授業文化を観ることができる。そして,「いつでも観に来てください。」と言ってくれる先生の授業文化は,すばらしい。子どもたちが学びに向かう文化を創り上げている。これは特別にしつらえた教材や,授業プランでは現れないものだ。

高田商業高校の校長先生は,学習者とは別の存在の第3者から観られるという意識を授業者に持たせることで,意識改革を図っているのだと思う。立派な,構えた授業をさせようというのではなく,自分の授業を客観的に観察する視点を持たせることだけでも,授業改善になる。

特に,いい子たちがたくさんいる学校の場合,授業に対する不満を厳しく指摘したり,態度で示す学習者はあまりいず,つまらない授業でも学習者が我慢して,授業者がその不満に気づかず,授業改善に繋がらない場合がある。

私は高校教員だった時,授業を何とかしなければ,どうしようもない学校に赴任してから,ようやく授業改善という意識が生まれた。にらみをきかせたり,成績をちらつかせて行儀良くさせようとしても,それは全く効果がなかったのだ。

新潟の高校のすべての先生が「いつでも,どんな授業でも観に来てください。」と言えるようになれば,きっと教育の質が格段に上がると思う。

高田商業高校は13年前の私の勤務校だ。上越教育大学大学院にいた2年間在職していたのだが,授業もさせてもらい,研究をした学校だ。13年ぶりに訪れて,非常に懐かしかった。当時も今もとてもいい学校である。

2017-06-07授業の見方

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本日1年生の担任のクラスの授業があった。来週初めて観察実習に行くそうだ。みんなが観察実習で何をポイントに見たいかを言い合った。児童への声がけ,課題が終わっている人と,まだの人をどう教師が扱うか?など,いろいろ出た。

最後にアドバイスを求められた。

みなさん,教室の後ろにへばりついて教師の顔や黒板ばかり見ていちゃだめですよ。教室の前に行って,子どもたちの様子を見るんですよ。教師の話していることは教師の顔を見なくても聞こえます。その言葉にどう反応するかは子どもたちの表情を見なければわかりません。

ぜひ,前に出るのが恥ずかしかったら,教室の脇の方に行って,子どもたちの顔が見えるところまで出て下さい。そうすると,「あの学生,やるな〜。」と思われますよ。

こんな授業の観察の仕方,現職教員でもできない人は多い。特に高校教師。

2017-05-13教師失格〜「教えるということ」を読んで〜

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1年担任の受け持つ授業「人間学セミナー」では,課題図書を読んで討議するというプログラムがある。大村はま著「教えるということ」が課題図書の1冊になっている。

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多分,大学時代に読んだはずだが,どんなことが書かれてあったかすっかり忘れていた。かなり厳しいことが書かれてあったのかという印象で読み進めた。

でも,ところどころのエピソードは覚えていて,「あ,記憶に残っているエピソードはこの本に書かれてあったのか。」と思い出しながら読んでいた。仏の指の話とか。

読んでいて,「そうだ!」と思うんだけれど,自分に引き比べてみると,全くそんな実践はしていず,自分は教師失格だなと重く受けとめてしまった。

 卒業生がいつでも先生,先生と慕ってくれるのが,何よりもうれしい」とか,そのとき,「先生ほど楽しい職業はない」と思うとか言う言葉を聞くことがあります。

 私の受け持った卒業生は,「先生のことを忘れない」と言ったこともないし,また私も忘れてほしいと思っています。私は渡し守のような者だから,向こうの岸へ渡ったら,さっさと歩いて行ってほしいと思います。後ろを向いて「先生,先生」と泣く子は困るのです。「どうか,自分の道を先へ向かってにどんどん歩いて行ってほしい。私はまた元の岸へ戻って,他のお客さんを乗せて出発しますから」。卒業した生徒が何か自分で言ってこない限りは,私は後を追いません。「どうぞ新しい世界で,新しい友人を持って,新しい教師について,自分の道をどんどん開拓していきますように」そんな風に子どもを見送っております。そういう目からすると子どもたちに対する今の現場の考え方については,ずいぶん「甘い」という気がすることがあります。

「渡し守」という表現が,しっくりくる。教師は自分のところへ引き寄せる存在ではなく,新しい世界の窓口への案内人だと内田樹先生もおっしゃっている。

教師の仕事は子どもたちに飛び込んでもらえそうな新たな世界の入り口まで連れて行き,飛び込んだら自由にその世界で驚いたり,奮闘したりしてもらおうと,授業や学級経営をしてきたつもりだった。

実際自分はどうだったかというと,後ろ向きだなあと思う。自分が受け持った生徒たちが卒業後どんなように生活しているのか,かなり気にしている。自分をどう評価しているのかもかなり気にしている。教師の実践の評価は,卒業後に現れるはずと考えているからなのかも知れないし,いい実践だったと評価されたいからなのかも知れない。

ということは,実践の評価はその時,その時で評価されるものでなければならないのか?と思うと,そうでもないような気もするし,卒業後の評価を気にしすぎるのもよく無いということになると,そのフィードバックはなかなか受けられないということになる。


ユーミンの曲で「魔法のくすり」というものがある。

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男はいつも最初の恋人になりたがり

女は誰も最後の愛人でいたいの

男は過去にこだわり,女は未来を見ているということが上手く表現されているいい歌だ。

卒業生を出したり,転勤したりすると「○○ロス」となるのは,男と女の違いなのか?と思ってしまう。それとも単に過去を美化しているという年寄りにありがちなことなのか?

とにかく「教師失格」ということには変わりないので,「教師適確」とまで行かなくとも「教師合格」ぐらいになるために,「前向きに」行くことにする。

By gones

2017-01-31イチローと夢十夜

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先日の「久米宏のラジオなんですけど」で,イチロー誕生秘話(?)を久米さんが話していた。

オリックスにドラフト3位か4位で入団した鈴木一朗はずーっと2軍でくすぶっていた。

そこに仰木彬監督が就任し,2軍にいた鈴木一朗を見つけ,1軍に引っ張り,選手登録名を「イチロー」にしたら,そのシーズンの最多安打記録を達成した。

この話を聞いて,夢十夜の第六夜「運慶が仁王を刻んだ話」とリンクした。

運慶が仁王を鑿と槌で作っているときに,見物人のある人が,「あんなに無雑作に彫って,よく思うように眉(まみえ)や鼻ができるな。」と感心すると,

あのとおり眉(まみえ)や鼻が木の中に埋まっているのを,鑿と槌の力で掘り出すまでだ。まるで土の中から石を掘り出すようなものだから決して間違うはずはない。

と答える。

木の中から「イチロー」を掘り出した運慶が今日まで生きている理由もほぼわかった。

2017-01-23教師は何に優れているべきか?

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昨日前任高校音楽科の卒業演奏会を聞きにいった。私が1〜2年生の時,古典を受け持っていたクラスだ。約1年ぶりに会った生徒も多くいたが,私に気づくと驚いてくれる。「先生聞きに来てくれたの?」

時間の都合で午前中の半分の生徒の演奏しか聞かなかったのだが,この子たちはすごいなと思う。絶対に私では奏でることのできない音を演奏している。当たり前だが音楽に関して私の能力,技術を完全に上回っている。私は同じように弾くこともできないし,歌うこともできない。

彼女たちが1,2年生の時,私は古典教師として古典の授業を受け持っていたが,その時,私は彼女たちのどの点で上回っていたと言えるのか?古典の知識?教師の力?少なくともそれらは上回っていなければならないはずだが,彼女たちの圧倒的音楽の技術や能力の私に対する差に比べたら,それ以上に私は上回っていたのだろうか?

圧倒的に上回っていたと言える1つのことは,「先生」と思わせる力(能力?立場?)だったろう。確実に言えるのはそれだけだ。彼女たちから学んだことはいろいろあるが,彼女たちを「先生」と思ったことは一度もない。

「「先生」と思わせる力」は技術でもあったかもしれないし,能力だったかもしれない。しかし,「立場」であるのがほとんどだ。彼女たちが通っている学校に赴任していたという1点に尽きる。

「先生,聞きに来てくれたの?」と笑顔を見せてくれた生徒は,2年間私が教師の立場だったということだけで,話しかけてくれたのだと思う。それは大きい。きっと10年後でも,私のことを覚えてくれていたとしたら,笑顔を見せてくれるだろう。不思議であるし,恐いことだ。たった2年間であっても,「教師−生徒」という立場はいつまでたっても継続する可能性がある。

じゃあ,教師は何に優れているべきか?というと,「いつまでたっても「先生」であると思わせる」ことなのかな?とぼんやり感じた。