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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第14回(2018年)は
2018/8/4〜5に静岡県総合研修所「もくせい会館」でおこないます。
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2018-06-07東下り(伊勢物語)

[][][]東下り(伊勢物語) 東下り(伊勢物語) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 東下り(伊勢物語) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 東下り(伊勢物語) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

中学校・高等学校授業づくり演習の6つ目の題材は「東下り」高校1年生古典(国語総合)の定番中の定番教材だ。私も高校時代に教育実習生から習った記憶がある。

題材提供者は,「歌物語で,歌と地の文の取扱いのバランスや,高校生にとっては初めての古文和歌ということもあり,訓詁注釈だけやっていれば時間は過ぎるのだが,それだけでは面白味がない。」ということで選んだそうだ。

《不明点など》

 この「東下り」って,何時間で授業をするものなんですか?

 指導書だと配当は3時間になっているけれどね。

 あ,私は高校教師時代,9時間かけてた。3時間じゃ終わらないよね。だいたいこの和歌の説明だけで1時間くらいかかるもん。

 文法をだけをやっていたような気もします。

 あと和歌の修辞法も。

 盛りだくさんすぎますよね。

 盛りだくさんすぎるんですけれど,音読をガンガンやらせて,暗唱させていたから,むしろ,この「東下り」さえ覚えておけば,他に使えるというか。

 「唐衣」の歌なんて,和歌の修辞法がほぼ詰まっているから,この歌さえ覚えておけば,修辞法が理解できますよね。

 しかし,本当に情報過多だから,聴いている生徒は本当にイヤになりますよね。


 新潟でこれをやっても,八橋とか,駿河とか,富士山とか,なんか,土地勘がないから,全然イメージできないというか。

 そうですね。

 きっと東海に住んでいる生徒だったら,どれかイメージつくから,自分のものになるというか。

 富士山だって,新潟の人は見たことはあるんだろうけれど,どんなだかピンと来ない。

 紀行文っぽい文章ですよね。紀行文って何をポイントにやればいいんでしょう?

 かきつばただって,昔はドブ川とか,湿地帯とか平気でそこら辺にあったけれど,今はみんなコンクリートに覆われて,生えてないですよね。アヤメとか,そういう花って見かけなくなりましたよね。


 京にいることができなくなったって,どういうことかわからないですよね。

 前の文章の「芥川」で設定を理解しないと,なんで「東下り」なのか,わからないですよね。この女の人と駆け落ちしたから,京にいられなくなったって。

 東に逃げているっていうんだけれど,東京に近づいているから,都会なんじゃないか?って。

 今の感覚だとそうですよね。この当時は人が住むようなところじゃないというか,身の安全が確保できないというか,京の人にとっては未開の地ですからね。その感覚もわかってもらえないと。


 「時知らぬ」の歌って,単に富士山見てびっくり!ってだけでしょうか?

 そうですね。他は京に置いてきた女性を思っている歌なのに,どうしてこれだけ「富士山綺麗だな。」みたいな内容なんでしょう?

 それほど富士山に感動したということなんでしょうか?

 「鹿の子まだら」ってありますが,この挿絵を見ると,どこにも「鹿の子まだら」になってないですよね。頂上が真っ白に雪をかぶっていて。

 この下に生えているのは梅ですか?なんだか,梅が咲いているところでほっとしている絵みたい。

 都落ちをしている「悲壮感」なんてないですね。この絵は。


 「駿河なる」の歌では,「うつつにも夢にも人にあはぬなりけり」っていうのは,修行者に会ったから,びっくり!みたいな歌かな?

 現実にもほとんど人がいないところで,山賊かと思ったら見知った人だったという驚きでしょうか?

 それでも,夢にその人が出てきていないということは,「あなたは私のことをもう思っていないんですか?」っていうことでしょうか?


 この「東下り」の感覚って,高校生にはわからないですよね。難しいというか,現実味がないから。今の旅行と全く違うという。

 ほら,「電波少年」の,南米編みたいな,ヤギ連れて荒れ野を歩いて行くという。

 ん?

 「電波少年」わかります?

 猿岩石のやつ?

 そうそう。猿岩石のやつは,結構街があるところを通って行くから,そっちじゃなくって,南米編は,荒れ果てたところをとぼとぼ歩いて行くという。

 なんか,今まで住んでいるところに住めなくなって,流されていくっていう感覚,憧れるというか,その「無用感」ってわかるんですよね。大人になると。「自分は必要無いんじゃないか?」っていう「えうなきもの」の感覚。

 ……


《そろそろ課題に……》

 歌を自分たちで解釈してみよう……とか。文法書を駆使して。

 歌物語だから,歌中心だから,歌から見ていけるような課題がいいですよね。

 先ず歌を解釈する。地の文の解釈はあとにするとか。

 各歌で描かれているのは,地の文のどこにある?なんていう課題がいいんじゃないでしょうか?たとえば,「はるばるきぬる」というのは,どうして「はるばるきぬる」なのか,地の文から見つけてみる。他の所もそんな感じで。

 なるほど「京にはあらじ,東の方に住むべき国求めにとて行きけり。」だからみたいな。

 そうすると和歌を読んで,地の文を読みますよね。

 歌物語の成立の順番ですね。

高校教師時代は,この教材になると,ルーティーン的に授業で扱うことが決まっていて,「古文の世界はこんなに面白く,表現がこんなに工夫されているんだぞ!」と,情報過多で扱っていたのだが,「東下り」の真の面白さに迫れてなかったと,今気づいた。対話することでこれほど深く考えることができるのかと思った。

2018-05-31中納言参りたまひて(枕草子)

[][]中納言参りたまひて(枕草子) 中納言参りたまひて(枕草子) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 中納言参りたまひて(枕草子) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 中納言参りたまひて(枕草子) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

中学校・高等学校授業づくり演習 5つ目の題材は枕草子から,「中納言参りたまひて」。受講者が教育実習でおこなって,うまく行かなかった経験から,この題材を再考したいというので選んだそうだ。

《不明点,読んだ感想など》

 やっぱり主語が書かれていないから,難しそう。

 敬語表現や,二重敬語で判断するんだろうね。

 古典に親しみを持てない生徒は,理解してくれなかったです。面白いって思ってくれた

生徒もいたんですが。


 ちょとわからなかったのが,清少納言が「くらげのななり」と言ったことを,隆家が「自分のものにしよう。」って言った理由が,どうしてかな?って,わかりませんでした。

 そのうまいこと言ったのを「自分のものにしよう。」っていう。

 「これは隆家が言ににしてむ。」って,ネットで調べてみたら,中宮が言ったというのと,隆家が言ったというのと,2つあったんだよね。これは隆家が言ったのでいいんだよね。

 中宮が言ったというのは明らかに間違いですよね。

 「笑ひたまふ」と通常の敬語にしているから,二重敬語じゃないもんね。

 中宮には必ず二重敬語が使われているかな?

 隆家には通常の敬語しか使われていない。

 じゃあ,やっぱり中宮じゃなくって,隆家が言った言葉でいいんだよね。

 それじゃあ,やっぱりここは敬語をしっかりとやっていかないとストーリーがつかめないということで,敬語を勉強するものになるのかな?

 中宮が言ったことにすると,「あんた,この言葉,うまいこと言っているから,あなたが言ったことにすればいいんじゃない?」って,めっちゃ上から目線だよね。そんな高慢な感じで中宮を捉えちゃおかしいよね。

 そうそう。


 この時代って,自分のことを自分の名前で呼んでいたの?今だったら,女子が自分のことを名前で呼ぶことはあるけど……。

 1行目に「隆家こそ……」ってあるから,これは,自分のことを呼んでいるんだと押さえれば,「隆家が言にしてむ」も,隆家が言ったとなるよね。

 それでも,自分のことを名前で呼んでいたのかなぁ?

 平家物語だったら,自分の名前で呼んでいるよね。

 あれは,「名のり」だからかな?

 どうなんだろう。

 平安時代って,この会話文と地の文って,完全に分化されていたのかな?かぎかっこって,なかったでしょ?だから,「隆家」と言ったからといって,本人が言っていないみたいな。

 当時は,名前で呼ぶことはしなくって,官職名で読んでいたんじゃない?だから書き出しは「中納言参りたまひて」ってあるし。

 そうか。

 じゃあ,名前を呼ぶのは自分しかいない?

 なるほど。

 じゃあ,やっぱり「隆家が言にしてむ」は隆家が言ったことでいいんだ。


 とにかく,主語はないし,役職名だし,たまに名前が出てきて,「中納言」と「隆家」がイコールって,思ってくれないよね。

 そうそう。教科書の注に書いてあるんだけれど。

 注に目がいかないよね。

 我々は古典が好きで,そういうことは当たり前になっているんだけれど,生徒はそんなことがないから,ちんぷんかんぷんになる。だいたい,この作品の作者は?って言ったときに「枕草子」って答えられたことあるもん。

 えー。

 「枕草子」の方が,名前っぽいでしょ?「子」もあるし。

 「まくらくさこ」さん。

 書名が「清少納言」ってね。

 特に漢文なんかだと,人名なのか,地名なのか,全くわからないよね。

 「史記」で,項羽が函谷関さんに会った」みたいな。

 

 「「一つな落としそ。」と言へば」の注に「「一つも落とさないで書きなさい。」と(みんなが)言うので。ってあって,この「みんな」って誰?って質問したら,「中宮と隆家」と答えたときがあった。

 えー。

 そうか。

 だって,「みんな」って,登場人物それしか書いていないもんね。

 だいたい,清少納言も登場しているってどこにも書いていない。

 そこに侍っている女房たちっていう発想はどこからも生まれてこないよね。

 説明したんですけれどね。この文章をやる前に。かなり時間をかけて。

 イメージつかないんでしょう。そんな映像も観たことがないだろうから。

 最後の2行はその前と全く別の場面ということは思い浮かばないよね。


《そろそろ授業課題……》

 これって,「スベらない話」でしょ?清少納言がこんな話がありましたっていう紹介。「私が思いついたいいことを,隆家がとろうとしたんだよ。」っていう。「この話を喋ろうかどうか迷ったんだけれど,どうしたらいいと思う?」って最後に話して,まっちゃんが「喋っとるやないかい!」って突っ込むような。

 そうそう「いいかがはせむ」なんて言っているくせに,書いているという,清少納言のちょっとイヤらしさが出てるよね。

 それから,自分が言ったことが「うまいこと」だったんだっていう自慢とね。

 そうそう。

 「かたはらいたきこと」なんて書いているけど,自慢している。

 清少納言らしいよね。

 「かたはらいたき」ってどう訳すかを課題にしたら面白いかも。

 ほんとうに「「かたはらいたきこと」って思っている?」なんてね。


 これを初めて読む人は,誰が何を言っているか,わからないから,会話と登場人物だけ提示して,「どの会話をどの人が言ったら「スベらない話」になるのか?」と考えさせて,それで話が面白くなるかどうかで会話文の主語を考えさせたらいいかな?と思いついた。

 予習していないことが前提だよね。それぞれのキャラがどういう性格なのか?も押さえないと。

 そして,後から「だから,この人の会話にはこの敬語が使われている。」というように検証していく。

 なるほど。

 敬語が先になると,すぐに嫌になっちゃうから,そっちから攻めてみるといいかも。


 やっぱり,誰が言った会話文なのかを押さえないとだめだよね。

 こんなに短い文章なのによくわからない。

 しかし,どうして誰が喋ったか書かないのかな?

 この文章って,中宮を楽しませるために書いたんだよね。

 中宮だけじゃないかもしれないけれど。

 つまり,不特定多数に向けた文章じゃないよね。

 そうそう。

 だからそんなこと書かなくてもわかったんじゃないかな?書かなくてもわかる文化があったというか。

 そうか。

 それを,書かなきゃわからない高校生が読まされている。

 大変だ。


 実習でやったとき,「見たことがない骨ってなに?」って訊いたら,「ゴリラ」とか出たりして。でも,中にはやっぱり「くらげ」って言う子もいて。

 これって,なんで「くらげ」なんだろうね。

 「くらげ」じゃなかったら,他に何?って訊いたら,「宇宙人」っていう子もいた。

 宇宙人……確かにその骨は見たことがない。

 「見たことがない」じゃなくって,クラゲの骨って無いんだから,見られるわけないよね。

 これって,「本当はないんでしょ?」っていう清少納言の嫌みだよね。

 そうそう。清少納言らしい。

 すきだわー。

 「くらげのななり」を別のオチで言い換えるとしたら?っていう課題は?

 別の表現,なんだろう?

 ……

 「あなたのやる気みたいだね。」っていうのは?

 ある,あるって言うけれど,「やる気無いんでしょ?」みたいな。

 いいねー。

マンガで,吹き出しだけ描いて,そこにキャラを充てていくっていう課題は,面白そう。

2018-05-24沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」

[][]沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

院生授業「中学校・高等学校授業づくり演習」の4つ目の題材は古文「歌ゆゑに命を失ふ事」。この題材は,掲載されている教科書をよく使っていたけれど,今まで授業で取り扱ったことがなかった。読んでみたら,映画「ちはやふる 結び」のネタになっているものだった。授業で扱っていれば,あの映画ももっと面白く見られたのに……。

この題材を選んだ院生さんは,「和歌に出会うと,よく読み取れないという苦手感があるから,選んで観た」ということだった。

《不明点・問題点など》

 「左右」の読みって「ソー」でいいんだよね。ふりがなは「さう」だから。

 そうだよね。

 何で振りがなついていないんだろう?教科書のふりがなの付け方って何かルールがあるのかな?

 「御」もいろんな読み方があるけれど,ここでは「ご」と読んだり,「ぎょ」と読んだり「み」と読んだりしている。ふりがながついていないのは,「おん」でいいのかな?

 全部にふりがな付けてほしいよね。

 高校生はふりがななきゃ読めないと思う。先生も読めない。


 「兼盛もいかでこれほどの歌よむべきぞと思ひける。」の「思ひ」の主語って忠見となっているけれど,どうしてそうなるの?兼盛でもいいんじゃない?

 忠見が「名歌よみ出だしたり」と思って,一方兼盛「も」自分の読んだ歌ほどの歌を忠見は読めないだろうと思うって解釈できるよね。

 「も」は係助詞じゃないから,主語ってわけじゃないと思うけれど。

 じゃあ,「動作の主体」を考えてみると……。

 「名歌よみ出だしたりと思ひて,」と「て」があって,続くからじゃないかな?

 続いているけれど,「て」があると絶対主語が変わらないってわけでもないよねぇ。

 「さて」があって,ここから兼盛の歌について書かれているわけだから,それ以前が忠見のことっていう,それ以外の判断はできないよね。

 じゃあ,「思ひける」の動作の主体を問えないということかな?

 そうかも。


 歌合って,左からよむでしょ?左が読んで,右が読んで,判者判定するでしょ?左が先なんだから,兼盛の歌を忠見は先に聞いてるのに,忠見がその後「恋すてふ……」って読んだときに「俺の歌サイコー!」って思ったんだよね。それなのに,「兼盛の歌がすばらしい」って思って病になってるよね。これ,おかしくない?

 4行目の「恋すてふ……」は,歌合の場面じゃないということじゃないの?

 歌合は事前にお題が出されていて,それぞれ考えて持ち寄っていて,4行目は歌合の場面じゃなくって,自分一人で歌を作って,「しめしめ,兼盛はこれほどの歌を読まないぞ。」と思っているという。

 そうか。だから5行目に「さて」と場面が変わっているのか。

《授業課題について》

 ネットで調べてみたんだけれど,知恵袋みたいなものに,古典のワークの写真があって,問題が載っていてね,そこで「帝が兼盛の歌を勝ちとした理由は何か?」という問いで,その答えが「忠見の歌は2〜3回読んで,兼盛の歌は何回ももっと多く読んだから。」みたいなことが答えになってるんだよ。これって違うよね。

 そうだね。「つつめども……」の歌が優れいている理由にならないよね。

 「つつめども……」の歌が優れている理由って,どこにも書いていないよね。

 授業課題だけれど,やっぱり,ここを聞きたい。「兼盛の歌が忠見の歌よりも優れている点は何か?」というような。

 どこが優れているんでしょう?

 どう思う?

 忠見が「『ものや思ふと人の問ふまで』に「あは」と思ったというから,帝も当然そこに感動したんじゃないかな?

 そうか。

 じゃあ,「ものや思ふと人の問ふまで」はどこが優れているか?といいう問いもあるよね。

 これって,「初恋」っていう題だから,問われて初めて自分が恋をしていることに気づいた,みたいな。「恋すてふ……」は,自分は思っていることを認識しているけれど,「つつめども」は認識していず,なんだかわからない辛い思いがあったんだけれど,人に問われて「ああ,これって恋なのか」とわかったという。

 今まで恋したことがなかったら,「恋」とか,「初恋」なんて気持ちわかんないもんね。

 「答え」が書いていないから,生徒たちはいろいろ考えられる。いろいろ考えてアイディアを出す課題でいいんじゃないかな?きっと高校生たちはそういう年ごろだから,盛り上がると思う。

 自分の直接体験や,間接体験をもとに,歌を詠み込むことになるでしょ?


 他の課題はある?

 私はここの「あはれ」にこだわりたい。「あはれ」って,現代語一語に訳せないものだから,ここの「あはれ」にどんな意味がこもっているのか考えさせたい。

 説話だからね。

 「執心」はよくないけれど,「道を執する」のが「あはれ」だから,「執心」って,死ぬほど歌にのめりこむことでしょ?「道を執する」って何をすること?

 歌の価値を知り,自分の負けを潔く認められたそのきもち?歌の道。それほど歌がわかっているということ?

 じゃあ,「執心」,「道を執する」とはそれぞれ何か?という問いもいいね。

 それが「あはれ」だから,どんな現代語が充てられるのかも問うのもいいかも。


 ネットで調べてみたら,忠見って,この件で死んでいないみたいだよ。

 えー!

 この歌の後にも歌を読んで記録に残っているみたい。

 そうか。この件で死んだんだったら,「生没年未詳」なんて書かれていないよね。

 そうか。これはフィクションだったのか。

 なんか,死んでないとすると,感じ方が違ってくるような気がする。

 確かに……。

非常に短い文章だが,とてもたくさんのイメージが湧いてくる題材だった。授業で扱ってみたいと,今更ながら思う。

2018-05-14言葉の「檻」について

[][]言葉の「檻」について 言葉の「檻」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 言葉の「檻」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 言葉の「檻」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

院生授業「中学校・高等学校授業づくり演習」の今回は,教材をもとにした授業づくりはお休みして,ブログ「内田樹の研究室」2016.12.9記事「言葉の生成について」(大阪府高等学校国語研究会での講演の文字起こし)に書かれてあることから,「これってあれか!」と気づいたことや,気になることを話題に話し合いました。

国語授業の根っこの部分について掘り下げていきます。

 「似合う服が無い」っていう表現がすごく言葉っぽい感じがする。

 内田さんがフランス語の文献を日本語翻訳するとき,ぴったり当てはまる日本語が無いという比喩が「似合う服が無い」っていう。

 中国語では,宝石を表す言葉(「玉」,「璧」,「玦」……)がたくさんあるけれど,日本語では「宝石」だけとか。

 ちょっと違うかもしれないけれど,野球を教えていたとき,ボールの打ち方を説明してもなかなかわかってくれず,言語化が難しい感じかな?長嶋茂雄がボールの打ち方を説明したときに,「ばーっときたらばーっと振って打つんだ。」みたいな?

 中国の友人に言われたことは,日本は音の表現がとてもたくさんあるっていうんです。オノマトペとか擬態語とか。

 日本人って,自然の音を知覚するのが言語脳だって聞いたことがある。だから,言語化されやすいんじゃないかな?

 鳥の声が聞こえると,本が読めなくなるという……。

 韓国の「ドラゴンボール」のオノマトペはどうなってるのかな?(本棚からとって開いてみる。)あ,ハングルだ。

 韓国も音を表す語が多いって聞いたことがある。

 たまにアルファベットになってるね。

 野球の話に戻るけれど,なかなか伝えられないときに,「足の踏み出し方は,トマトをクチャって踏む感じ。」と言ったら伝わったときがあった。

 比喩表現かぁ。

 

 国語をやっていると,何でも言語化できるという気になっているところがあるよね。もちろん言語化すれば,認識したり,整理されたりするのだけれど,「深い学び」って,言語化できない部分もあると思うし,言語化したら深い部分が知覚されないまま捨て去られるようになっちゃう。

 限定されちゃうこともあるので,無理矢理言語化する必要が無い場合もあるんじゃないかな?読書感想文書かせると読書が嫌いになっちゃう……。

 言語のメリットとデメリットをちゃんとわかって国語教師は課題を作らないといけないんだろうな,なんて思ったりして。

 確かに難しいなぁ。

 英語って何で必要なのって課題があったけれど,英語はそのうち喋らなくても通じるようになるんだろうけれど,英語を勉強することが別の「服」を着ることだというのが何となくわかった。

 ホリエモンが良く言ってた,「スマホがあれば英語はもういらない。」って。

 中国で,よくスマホを持って話しかけられてた。

 僕もやった。

 同じところのレベルで古典の学習っていうのもあるんじゃないかな?

 昔,先生に「古典は外国語だ」って言われたことがあった。今読んでわからないだから,外国語だって。

 さっき,和歌の読み取りがなかなかできなくって,いつからかできるようになったって話があったけれど,ここ(内田樹のブログ)に書かれてあることだよね。読んでいれば自然とできるようになる。

 これが言葉の檻を獲得したっていうこと。ここでは「服」を着られたということ。

 これは,生活習慣がそうだから,言語が生まれるのか,言語があるから,そういう言語になるのか……。

 中国語って,日本語と語順が違うじゃん?それって,何か規定されている感じはある?

 あるある。欧米の人もそうだと思うんですけど,なにが「一番」なのかな?っていう感じが日本と中国とでは違う。日本で「御飯を食べます」っていうけれど,中国語では必ず「私は」が入るし,「私が」「何をする」というのが必ず来る。主張が強いっていうのか。日本じゃ,「御飯」だけで通じるというか,「私,御飯……」だったら,「あなたは御飯なの?人間じゃ無いの?」となってしまう。

 人間形成に関わってくるよね。

 外国語を獲得していない状態を「身に合う服がない」という語で表されていて,どんな服を着ているのかわからない,しっくりこないという意味なんだろうな。

 新人の教員が「教師らしくない」と言われるのは,教師の「服」を着ていないという感じなのかな?言葉遣いが違うというか。教師の言葉を使っていないという。でも,それって,どんな言葉遣いなんだろう?

 自分は教師になってもこんなくだけた言葉遣いになると思う。

 グループワークしているときとみんなに発表するときでは,言葉遣いが違うよね。

 そのグループだけに伝わる言葉遣いと,不特定多数に伝えようとする言葉遣いは,いつの間にか,学校で習得しているんだよね。小学校低学年で,それを無意識に獲得するというか。

 教育実習の時に,1年生と3年生で授業をするときに言葉遣いが変わっていた。

 それは,意識して?意識しないで?

 意識していなかったと思います。

 どんな風に違っていたんだろう?何に反応して変わったんだろう?

 同じ学年の別のクラスでも言葉遣いが違っていた。反応を見てなのかな?静かなクラスでは,元気を出してワイワイやらせるように。元気なクラスではもっとワイワイやらせるようにと。

 私はこの間小学校で授業をしたんだけれど,高校生相手と基本的に言葉遣いは違っていなかったような気がする。どちらも丁寧にしていたというか,もちろん,難しい語は使わないようにしていたけれど……語彙以外は違わなかったような……。

 「中腰」っていう表現がここに何度か出ているんだけれど,「中腰」の状態で,わからない,わからないと思いながら過ごすという。国語も,わからないものをわかった気にさせるのって,よくないと思う。先週やった「高瀬舟」もそうなんだけれど,「わからない」という状態を持続させて,気にさせて,自分でわからせるというか,気づかせるというか……。

 でも,テストがあると,ある程度「答え」を提示して,点数とらせる授業にしないとだめなところもありますよね。

 そうだよね。でも,新学習指導要領で,大きく変わっているんだから,テスト自体を変えて何を身につけさせるのかを変換していかないとだよね。センター試験も変わるし。

語り尽きず時間切れ。本当はここに書き切れない,たくさんの内容を語り合ったのだけれど。言語の獲得は新たな服の獲得。その服を新たに着ることで,新たな視点が持てる。なんてことを内田さんはこの段で言っているんだろうな,と読み解いて,問題は,それを国語授業づくりにどう活かすか,なのだ。

新たな服や檻の獲得と,その服をぴったりとしたものにしたり,檻を大きくするのが,国語授業の目的なのかな?とイメージは固まってきた。

2018-05-12高瀬舟

[][][]高瀬舟 高瀬舟 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 高瀬舟 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 高瀬舟 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

第3回目は「高瀬舟」

最近は「高瀬舟」が中学3年生の教科書に掲載されている。ちょっと前,高校3年生現代文で取り扱った記憶がある。かなり難しい語もたくさん使われており,中3で扱うことに驚いた。

《読んだ印象》

 こんなに難しい語があると受け付けない子は受け付けない。

 読む子は,授業で扱わなくてもどんどん読み進めると思う。

 生徒が嫌にならないように,どのような導入をしますか?

 音読は必ずやらせる。まる読みもするし,漢字の読みの確認も兼ねて。「こころ」を暑かったときは,2時間かけて読んだこともあったなぁ。

 先に話題を提示して,「安楽死」とか。みんなだったらどうする?という様なことを話してから読ませて,興味を持続させるとか。

 「高瀬舟」の映像作品ってあるんでしたっけ?ドラマとか。あんまり聞いたこと無いなぁ。

 調べたら,あるみたい。それをちょっとだけ見せるとか。

《作品解釈》

 自分がこの作品をみんなに考えてもらいたいのは,安易に「安楽死」の是非を問うのは,なんだか違うような気がして。

 テーマは「安楽死の是非」じゃないよね。森鴎外はそういうことをテーマにしているんじゃないんじゃない?

 なぜ鴎外がこれを書いたのか?というところを考えてみて,陸軍軍医だったから,殺すのか,殺さないのか,見捨てるのか,見捨てないのかというそういう経験があったんじゃないか?と。

 冒頭で,「入相の鐘の鳴る頃にこぎ出された高瀬舟は,黒ずんだ京都の街の家々を両岸に見つつ,」とあって,最後の文で,「次第にふけてゆくおぼろ夜に,沈黙の人二人を乗せた高瀬舟は,黒い水の面を滑っていった。」とあって,どちらも「黒」という語が使われているのが気になる。

 そして,真ん中らへんに「空を仰いでいる喜助の頭から豪光が差すように思った。」とあって,ここは光に包まれているよね。

 喜助は自分で剃刀を抜く時,「今まで切れていなかったところを切ったように思われました。」なんて言っていて,これを読んだときに「ぞわ〜」ってしたんです。

 これ,言わなくてもいいことだよね。

 切ってしまったから悪いことをして,罪を得ているんだと思っている?

 剃刀を抜くと,弟が死ぬってわかってやってる?

 「ひと思いに」とか,「しっかり握って」とか,決心はしている。

《課題》

 今までにない価値観を突きつけてるよね。

 いかにも森鴎外的な作品ですね。

 究極の選択。

 私と仕事どっちが大事?みたいな。

 「舞姫」!

 「いったいこの懸隔はどうして生じてくるだろう。」とあって,喜助と庄兵衛の違いを読み取らせるのは?読み取らせて,それを対義語で表させる。辞書とか使って。ネットに接続出来れば,簡単に対義語調べられるし。「果敢」と「逡巡」とか。「自立」と「依存」とか。ほら,庄兵衛って,自分で何も決めてないじゃない。オオトリテエに任せようとか。

 この最後の1文が何を現しているのかを考えさせる。

 これってなんだと思います?

 二人は平行線,交わらない。理解できないかな?

 黒い水で,わからないまま流れて行くみたいな。

 何も結論がつかず,流れていくっていう。

 中学校での「高瀬舟」は読書単元だから,わからないまま,気になるまま,結論付けずに読んで心に残しておく,でいいんじゃないかな?

 そうすると,「安楽死」の是非みたいに,無理矢理結論付けるのは,やっぱりおかしいよね。

 高瀬舟はかなり手ごたえのある作品で,「わからないまま(わかった気にさせないまま)」というのがいいんじゃないか?という雰囲気で時間切れになった。中学生で取り扱うには,字数の関係もあり,がっつり取り組むこともできないのか?とも思った。

 高校でだったら,ところどころある情景描写と2人の雰囲気(特に庄兵衛の考え)をからめて,「メタファー」について取り扱うのも面白いかもと,授業後思った。

2018-04-27手の変幻 清岡卓行

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「中学校・高等学校授業づくり演習」第2回は「手の変幻」(評論文 高校 現代文 だいたい高2が学ぶ)だ。現代文の定番中の定番といってもいいだろう。

《不明点》

 「生臭い」って?

 ミロのヴィーナスは,腕がなくなったから美しさが普遍的になった。ということは,腕が特殊的というか,現実的。

 腕が埋まっているところが「現実的」ということ?

 「生臭坊主」って言葉があるじゃない?

 「俗世間」みたいな?

 「均整の魔」って?

 「魔」だから,魔術,魔法っていうこと?

 魔法の力で人を魅了する。

 「全体性への肉薄」?

 なんか比喩表現多いよね。

 「全体性」?「普遍性」ということ?

 部分がなくなっているのに,「全体」になるのか。

 なんと,5年前に授業をしたときのメモがここに。前の文章からの繋がりで読むと,「全体」というのは,地域や時代「全体に」ということ。まぁ,「普遍性」と同じようなことなんだけど。

《課題》

 みんなにこの写真を載せたプリントを配って,手の復元図を描いてもらおうかな?と思って。いろんな絵を描く人がいると思うし,生徒の数だけの腕が描かれるから,「いろんな腕を想像できるでしょ?」って言えるし。

 高校時代にそれ,やったような気がする。

 それで,描かれた腕のあるヴィーナスと腕のないヴィーナスを見比べて,どっちがいい?なんて比較できるし。

 それから,腕がないヴィーナスではなく,鼻や耳や目がないヴィーナスを配って,それを描いてもらって,それとの比較もできるよね。

 この文章は,「無いからいい」ということが書いてあるから,そういう「無いからいい」他の例を考えてみようっていうのを考えたんだけど。

 「無いからいい」って,例えば……?

 知らないと思うけれど,昔,岡本真夜という歌手の売り出しの時に,どんな姿形か,全く明かさないで,歌だけ世に出てきたんだけど,想像して,すっごく綺麗な人かな?なんて思ったりして。

 なるほど〜。

 この文章は,3段落になっていて,1行空いているから,段落の切れ目がよくわかる。各段落で結局同じことを言っていて,「具体がなくなって普遍的な美になった」とか,「無いからいい」ということ。各段落で様々なアプローチを使ってこのことを言っているから,「どんなアプローチで主張しているか?」ということを読み取らせるのは?

 なるほど〜。

 1段落では,ヴィーナスは腕がなくなったかこそ美しいということ。しかも偶然で。

 2段落は,復元案を考えるけれど,どの復元案もだめだよっていうこと。

 3段落は,失ったのが手だからこそいいんだよっていうこと。

 それでもこれって,随筆みたいだよね。「評論文」ってあるけれど,それほど固い文章じゃないよね。論理的でもないし。

 「評論文」と「論文」は違うからね。でも「小論文」でこんな文章を書くと,だめなんだよね。

 誤解するよね。

 私は,この文章は比喩ばっかり使っているから,比喩をピックアップして,その指している具体を考えさせたらいいかな?って思いついた。

 比喩多いね。

 例えば,「偶然無くなったよ」とか,「普遍になったよ」とか,だいたいそういうところに比喩表現を使っている。カテゴリー分けするとか。

 この人,何でこんなに比喩使うのかな?あ,詩人だし,小説家なんだ。

 そうなのか。

これを題材に選んだ受講者は,「手の変幻」といえば,「特殊」と「普遍」に分ける授業をよくやっていたけれど,他のやり方も無いかな?ということだった。

記述のある部分を具体化して理解を促す課題や,文章の構造を読み取る課題や,修辞法を読み取る課題など,バラエティ豊かな課題が出たと思う。

2018-04-19初恋 島崎藤村

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中学校・高等学校授業づくり演習を今年度から開講している。今年度の授業の進め方は,授業づくりをおこないたい題材を持ち寄り,受講者で知恵を絞り,その題材の「核」となる《問い》を考えていこうというものだ。

その授業の話し合いの概要(というか,メモ)を毎回掲載する予定だ。

第1回目は島崎藤村「初恋」(中3)

《疑問点?》

 「こころないためいき」って?

 「思いやりがない?」「自分本位の?」「気持ちに任せた?」

 「盃を—酌む」っておかしくない?普通「酒を酌む」だよね。

 「盃」は「酒」ってこと?

 「盃が君の情けに入った?」ということ?自分の気持ちが君に伝わった?

なんだか第3連だけ他と違うよね。

 「酌む」は「意を汲む」ということ?

 「問ひたまふ」の主語は「君」だよね。ということは,ここの「道」をみんなが通っているということは,自分も今,恋の道を通っているということで,両思いになったということ?

 え,「君」は,「われ」のことをまだ好きじゃないんじゃない?なんか,もてあそんでいるというか……

 「君」って,幼そうだよね。幼いのに,もてあそぶの?

 「われ」はもう,酒を飲んでいる歳だから,歳の差カップル?

 「われ」って,すごく奥手なの?

《象徴》

 「林檎畑の樹の下に/おのづからなる細道」って,みんなが通った恋の道でいいよね。

 「林檎」の象徴を考えるのも面白いかもしれない。

 これは「桃」じゃだめなのかな?

 「林檎」はキリスト教じゃ禁断の実で,アダムとイブが食べたから互いに恥ずかしがるようになったという……。

 やっぱり林檎か。「桃」だと日本じゃ生命の象徴だもんね。

 「薄紅の秋の実」だから,その「恋」も赤くなくって,色づいてきている。

 「初恋」だから?

《主体》

 「人こひ初めめしはじめなり」って……「われ」なのかな?「あたへしは—はじめなり」ってあるから,「あたへ」たのは「君」だから,「君」が主体となるはず。「人こひ初め」たのは「君」なのかな?

 「われ」の初恋じゃなくて,「君」の初恋?

 そうなると,「盃を—酌みし」は互いにやりとりしたということ?

 じゃあ,両思いになったということ?

 そうなると,「問ひたまふ」のもわかるね。純粋な見方だったら,「君」も恋をしたという捉えの方がいいよね。

《問い》

 格助詞「の」,「が」を押さえていきたい。

 中学生って格助詞「の」,「が」の識別ってやるの?

 やるみたいだよ。

 「林檎」の象徴は何か?も

 「林檎」がでてくるけれど,それぞれ違う表現だよね。

 「初恋」は誰の初恋か?ということは?今みんなが読み始めたとき,みんな「われ」の初恋だと思っていたけれど,そのうちその意味が変わってきて,面白かったから,この《問い》も面白いんじゃないかな?

 初めに提示しておけば,決めつけないで読むから,「どっちだろう?」と思いながら細かく読むよね。

2017-12-18文学作品の授業デザインの掛け違え

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最近国語の模擬授業を見て,指導することが多い。授業者は学生さんなのだが,最近の学生さんは当たり前のように話し合いや表現活動を入れる授業デザインを作ってくる。私の大学生時代とは大違いだ。私の学生時代は,教師がどのような発問をし,当てられた生徒がどう答えるか,という指導案ばかり書いていた。

対話や話し合いや表現活動を授業に入れるのがデフォルトになっているということはとてもいいことだ。

ところが,授業者の傾向として,なぜか次のようなことに異常に囚われているようだ。

学習者が表現したものを全て受け入れなければならない。

例えば,「この作品が読まれた季節は?」,「この作品の話者は誰に話しかけている?」,「この作品の話者はどうして悲しい気持ちがある?」,「この作品の情景を絵に表してみよう」などとした場合,学習者が考えたり,思いついたりしたことを「なるほど。」,「それもいいね。」などとして,全てを受け入れてしまう。

もちろん,「この文学作品から思いついたものを何でも表現してみよう。」というような目標が設定されていればそれでもいいが,「この作品の情景をイメージしよう」とした場合は,それではいけない。当てずっぽうや,部分的な語から連想されるステレオタイプなイメージの表現ではいけないのだ。

考えたこと,表現したことの根拠を作品内に求めなければ,「国語」とは言えなくなる。

作品からイメージし,そのイメージしたものの根拠を作品に求める

ことをすることで,「国語」となる。高校教師時代,文字言語表現内容を学ぶ場合,いつも生徒にこう言っていた。

国語は,文字で書かれているものと,文字で書かれているものから文字で書かれていないものも読み取る教科だ。

だから,学習者への声かけは全てを受け入れるのではなく,表現に対して,「どうしてそうなるの?」,「どこに書いてあるの?」を繰り返し言うことになる。「答え」が合っていたとしても「どうして?」が言えなければ「正解」ではない。「どうして?」にこだわることで,言語の論理性を学んでいくことになる。

2017-12-08プレテストを解いてみた

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新テストのプレテストを解答してみた。といってもざっとだけれど。

今までのセンター試験とはずいぶんと変わったという印象があった。きっと一番の売りの第1問目,生徒会規約と生徒会役員の会話記録と,生徒からの要望書の数を集計した表と,生徒会新聞という全く異なった4種類の「情報」を俯瞰して記述問題を解いていく。

俯瞰しなければならないので,これが冊子で配られることを考えると,けっこう大変だなと思った。2次元的に4種類の情報を並べてあっち見たりこっち見たりする必要がある。今までの文章読み取りだったら,1次元的に行きつ戻りつすれば良かっただけだったから。

私は問題文を全てプリントアウトして机に並べて解けたから,ちょっとは楽だったのかもしれない。ディスプレイ上だったら,きっと解くのが嫌になったと思う。

新聞の記事で「情報量が多くなって,時間が足りない」ということが書かれてあったが,情報の取捨選択も求められているんだろうと思う。読まなくていい部分を即座に切り捨てる必要があるということだ。今までセンター試験の国語の問題文で読まなくてもいいところなんて1文字たりともなかったと思う。

そして,問題文に書かれていないことを推測して答えるという問いもあった。

なかなか面白かった。こういうことを学んでいる高校生にとっては,きっとそれほど難しい問題ではなかったと思うが,やったことはない生徒にとっては混乱したのだろうと思われる。

「深い学び」とは,今まで学んだことを俯瞰して新たな関係性を見つけたり,新たなことを発見したりということだと私は考えている。4種類の資料を俯瞰して関連付けて答えさせる問いは,「今までの1次元的読み取りでは育まれない力」なのではないか?と思った。

2015-07-04山月記レポートプレゼン

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山月記を10時間くらいやって、最後に2時間授業時間を使いレポートを作らせた。かなりの秀作も提出されたので、いいものを集めてプレゼンで生徒に披露しようと思い、preziでプレゼンを作った。

課題内容

「山月記」の中では様々な象徴が描かれ、それぞれが多様なものやことを表している。それを1枚の用紙に表現しよう。

《次の4つは必ず表現すること》

  1. クライマックス
  2. 臆病な自尊心・尊大な羞恥心
  3. 「月」の象徴
  4. 李徴の詩の「欠けるところ」

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