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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2019-12-10学問をしようじゃないか

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次男とこのあいだこんな会話をした。

「お父さんは、ゲームの中では、制限されていて、自由に何でもできないって前言っていたけれど、例えば、Minecraftなんて、何でもできるでしょ?家を作ったり、山や川を作ったり、取引したり、何でもできるよ。」

「そんなことないよ。Minecraftをやっていて、Minecraftから出ることはできないでしょ?人が意図して作ったものは、その枠から出ることができないんだよ。」

息子が納得したかどうかわからないけれど、人が意図して作ったものをゴールにしている限り、意図していないもの、自然相手なもの、未知なものを「クリアー」したときの喜び、楽しさに比べたら、限定されているんじゃないかな?

恋愛シミュレーションゲーム(まだそのようなジャンルのゲームはプレイされているのか?)では、相手を攻略するマニュアルがある。その攻略法を使って両思いになったときの喜びと、本当に好きな相手と両思いになったときの喜びでは桁違いに違うはずだ。

サッカーゲームをプレイして、強豪チームに勝ったときの喜びと、自分が本当にプレイして、それほど強豪チームでは無いが、強いチームに勝ったときの喜びも桁違いに違う。しかも、面白いことに、自分がプレイしていなくても、応援しているチームが勝ったときの喜びも同じように感じるのが面白い。

誰かの意図が反映されている、作られたクエスト(ハードル、難関)をクリアーしようと頑張ること自体は否定しないが、そればかりしていると、その「誰か」の意図を探ることに長けてきて、「真理」とか、「真実」とか、「不思議」を探る力が落ちてくるのではないか?と思う。

文学は人間関係や人間の本質の真理を追究するために生まれたものだと思うが、現代文のテストは、それを追究するために作られていない。ほとんどの場合制作者の意図の反映であり、制作者が用意した答えに到達することに躍起になる。点数を取るためには、それが必要なのだ。

そんな勉強ばかりしていると、相手の意図を探るのに長けてくる。相手の顔色を探るのに長けてくる。世の中の問題や、自分の人生の問題には、誰かが用意した「答え」があり、それを探ろうとする。困っていれば何時かは教えてくれると待つようになる。それが今までの学校教育(少なくとも高校の教育)で培われた子どもたちの見方・考え方だ。

新テストで記述問題が見送られた。なし崩し的に大学入試改革がなきものにされてきた。これじゃあ、高校教育は結局変わらないのだ。見切り発車でもなんでもいいから、変えて、改善していく必要があったのに。

ある教育研究者が「入試で一番大切なものは、出題時や採点時にミスがないこと。」といっていたが、それが一番大切なんだったら、入試をしなければよい。しなければ絶対にミスは起こらない。入試で一番大切なのは、アドミッションポリシーに適合した人が大学に入ってこられることだ。教師にもなりたくない人が教育大学に入れて、教師になりたく適正な人が出題者の意図を探ることに少々劣っていて教育大学に入れないとしたら、最大のミスだ。

学校は、誰かの意図を姑息に探ることじゃ無くて、社会、宇宙、自然の真理を追究する学問をしようじゃないか。