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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
manabiainu
http://manabiai.jimdo.com

2019-07-25かわら亭

[]かわら亭 かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

いつもよりちょっと早かったので、宴会前の客がたくさんいた。サウナでは知らない人を1人挟んで平気で会話する客がいた。この時間帯はもう避けることにしよう。

宴会に客が向かうため、風呂から出て行く時間帯になって、ほっと1人でサウナに入っていたのだが、見知らぬおっさんが私に向かい「○○さん、○○さん」と呼びかけてきた。

「違うよ。」と返答したが、何だろうなぁと。思ってしまう。静かに入らせてくれよ。

今度から行く時は18時過ぎにしよう。だいたいみんな18時頃から宴会なんだろうから。

今日のととのい度→4 ☆☆☆☆★

2019-07-24これこそ授業職人

[]これこそ授業職人 これこそ授業職人 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - これこそ授業職人 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 これこそ授業職人 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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素晴らしい授業を参観してきた。全てが上手い、そして子どもを見守る姿が温かい。教師としての意気込み、人間としての深みが感じられる先生の授業だった。

円と直線の交点の関係(数学)の授業を参観させてもらった。

最初の15分位は今日おこなう課題の解き方を説明していた。解き方のレクチャーから、間違いやすいところの説明、どうしてこのように式を書かなければいけないかの理由、ひとつひとつ丁寧だったが、全くくどくなかった。

3題問題を示し、「2時までにいろいろ試行錯誤しながら、分からなかったら聞きながら問題を解きなさい」と、指示し、黒板に出て解答する人を指名した。

「3番目の問題は、ちょっと難しいけれど、当てられた○○さんをみんなは応援して下さいね。応援するって、『ガンバレー!』って言うことじゃないですよ。」と、ユーモアもある。

そして指定した15分〜20分程度が絶妙の時間で、暮らすみんなが解けたか解けないかの時間である。この課題設定(または時間設定)も絶妙で、ぴったりである。

その後解説をするのだが、その時間もちょうどいい。そして50分が終わる。

口調には子どもたちの成長を願う、励ましの気持ちが表れていて、変に子どもたちを持ち上げてもいないし、蔑んでもいない。とても温かい口調なのだ。

子どもたちは、できないやとほっぽり出す子もいないし、できたからといって私語する子もいない。みんな何かしら取り組んでいるし、教えているし、教えてもらっている。それぞれが、それぞれのやり方で、目標に向かって取り組んでいる。

課題設定なのか、タイムマネージメントなのか、励ましなのか、人間性なのか、どれも強すぎず、弱すぎず、教室内に「学びの文化」を上手に作っている先生の授業だった。まさに職人技だと思った。

2019-07-23Don’t think. FEEL!

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先日の高校生対象の群読講座で、印象的な感想を書いてくれた生徒がいた。

私はグループ活動が正直言うと苦手で、不安でしたが、メンバーの皆と群読をしたことで、気持ちが楽になりました。とても楽しかったです。

ここに群読(声を合わせる活動)の意義が現れているのだと思った。

グループ活動では、グループメンバーと上手くやれるかどうかという「壁」が存在する。あまり親しくない人とグループを構成したときにはそれが顕著になる。ある程度自分の「殻」を固くしてしまう。

しかし、単純に一緒に声を合わせるだけでその「殻」はちょっと壊れる。世に「アイスブレイク」なんて言われているものなのだろうけれど、同じ文章を同じタイミングで音読するだけで、簡単にちょっと距離が近くなる。

これはうちの研究室の堀君の今年の研究テーマだ。クラスで40人もいると、よく喋る人、あんまり喋らない人、全く喋らない人がいる。全く喋らない人とも、人間はいざというときに協力しなければならない。しかし、ちょっとしたことで、「殻」が崩れて距離が近くなるという経験を知っていれば、いざというときにあっという間に打ち解けられるのではないか?

それは、互いに自分のことを打ち明けて、「身近になる」なんていうハードルの高いことをしなくても、一緒に声を合わせるだけでいいのだ。

この記事の「Don’t think. FEEL!」は、ブルース・リーの言葉だが、体感することで、あっという間に会得できてしまうということ。考えていては遅々として進まない。分かってから動くのではなく、動くから分かるのだ。頭でっかちになっては、教育はできない。

特に体を使って学ぶ機会が少ない国語科では、音読という体を使う活動を大切にしていきたい。

画像、内容はビジネス読書ブログからの引用です。

2019-07-22柏崎高等学校群読講座

[][]柏崎高等学校群読講座 柏崎高等学校群読講座 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 柏崎高等学校群読講座 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 柏崎高等学校群読講座 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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2年連続2回目で、出前講座として呼んでもらった。群読講座をおこなった。柏崎高等学校の生徒さんは、熱心に取り組むし、真面目だし、ノリノリだし、去年同様とても気持ちよく講座をおこなえた。そして創作した群読作品もすばらしいものだった。

群読体験は、ふたり読みの「ほっとけ」からおこない、「ちはやぶる……」の歌で、こちらで脚本を用意したもの、そして「せをはやみ……」の群読脚本を作り、最後に発表するという流れだ。70分間の講座×2回をおこなった。70分位がちょうどいい長さだった。

今年はわざと普段一緒にいない人とグループを組ませてみた。選択の講座なので、教室に入るとだいたい顔見知りが近くに座る。その席をもとに、機械的に1〜6の番号をふり、6班に分けた。つまり、群読脚本を作る班は、クラスが違っていて、普段はほとんど喋らないメンバーなのだ。

最後に以下のようなアンケートを取ってみた。

1 今日一緒に活動したメンバーはどのようなメンバーでしたか?

 a)普段からよく話すメンバー

 b)たまに話すメンバー

 c)普段ほとんど話さないメンバー

2 今日のメンバーと積極的な活動はできましたか?

 a)よくできた

 b)まあできた

 c)あまりできなかった

3 今日の学習で、グループワークを活動的におこなう秘訣は何だと感じましたか?

作為したので、1はb)とc)ばかりだった。

2は、きっと気を使ってくれたのか、c)は皆無だった。それでも見た限り、つまらなそうにしていた学習者はいなかったので、きっと妥当なアンケート結果なんだろうと思う。

面白かったのは3の記述で、なるほどというものがたくさん書かれていた。恣意的に顔見知りではないメンバーをグループにした結果、このようなことを書いてくれたのだろう。

  • 笑顔で会話すること。
  • 共通な目的があると自然に会話も進んだ。
  • 自分の意見を言ってみることと、相手がそれを広めてくれること。
  • 全員で意見を出して、そこから話をまとめて展開すること。
  • 他の人の意見に賛成しているという気持ちを伝えること。
  • 自分から質問を投げかけること。
  • とにかく何かを話すこと。
  • 自分の意見ばかり話すのではなく、メンバーの意見もきちんと聞くこと。
  • 決める人(リーダー)の存在。
  • 思ったことはどんどん言っちゃうこと。選択肢が増えるからより良いものにしやすい。
  • 誰かの考えに乗っかるだけではなくて、自分の考えも伝えることでお互いに共感できるため、考えを伝えるということだと思います。
  • それぞれの案の個性を打ち消さず利用する力。
  • 聞いているときに相づちをうつことや、わからないことがあったら質問することが大切。

根っからが積極的な生徒さん達だったから、グループワークの初期段階の「殻」が簡単に破り、活動的になってくれた。生徒さん達が持っていたスキルもあったのだろうが、とてもいいことを書いてくれた。自らの活動をを客観的に書いてくれている人が多かった。「他の人の意見に賛成しているという気持ちを伝えること」なんていうのは秀逸。

柏崎高校は制服がなく、いつも大学で接している学生さんとあんまり変わらない感じがした。不思議なもんだな〜。

2019-07-17かわら亭

[]かわら亭 かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

一時宴会前のうるさいおっさんたちが入ってきたが、サウナに入ることもなく、ちょっと我慢すれば出ていった。

かわら亭でのサイクルは、

体を洗う→ジャグジー温泉で体を温める

  ↓

サウナ→水ぶろ→石庭で休憩

  ↓

サウナ→水ぶろ→石庭で休憩

  ↓

サウナ→水ぶろ

  ↓

ミストサウナ→一番熱い湯船に入る

という型が最高になって来た。2サイクル目でととのい度が高いと、3サイクル目の休憩ではととのわないというのが分かってきたので、せっかくあるミストサウナに入ることにした。もうちょっと気温が低いと、いい感じで体が温まる。

仕事後に行くと、このサイクルでも19時半頃に帰宅することになるから、ちょっと遅いんだよな〜。しかたがないか。

今日のととのい度→4 ☆☆☆☆★

2019-07-15セデック・バレ

[]セデック・バレ 2011年 台湾 セデック・バレ 2011年 台湾 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - セデック・バレ 2011年 台湾 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 セデック・バレ 2011年 台湾 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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GYAOで、15日まで無料だったので、前後編2本立てを2週に分けて観た。数年前に新潟市のシネウインドで公開されていたのだが、見逃してしまった。今回無料で視聴できたのでラッキーだった。

日清戦争後、日本が台湾を併合したのだが、山中に住むセデック族が抗日運動をくり返した姿を描いている。

セデック族は、同族同士で「神聖な狩り場」を自分たちの部族のものにしようと争う。相手の部族の戦士の首を狩ることで、一人前と認められ、大人になる。そうなると、死んだら虹の橋を渡り、あの世で敵対した部族と仲良く暮らせるという言い伝えがある。

こういう考えを持っているから、自分の狩り場が日本軍に荒らされることを毛嫌いするし、命をかけて守ろうとする。そしてそのためになら相手の首を狩ることを厭うことは無い。

最大の抗日暴動として「霧社事件」がある。日本人の子どもたちの運動会として霧社という地に日本人がほとんど集まるのだが、セデック族が連携して計画的に妊婦以外の日本人を皆殺しにするのだ。

映画はとても壮絶なものだった。R+15指定だ。日本のしたこと、セデック族のしたこと、それぞれの立場からの見方で、どのようにも判断できる。しかし私はこの映画を見て、「信じているもの」について考えさせられた。

今の日本人の見方として、当時のセデック族の考え方、「狩り場を守るためなら、他の部族の人間を殺してもしょうがない。むしろ、殺すことで英雄となり、英雄となったら死んだ後しあわせになれる。」というものは、信じられないことだろう。そんなことをしなくても狩り場を共有することは可能だし、殺人をしない方法だってあるはずだ。と、考えるのが一般的だ。

しかし、セデック族はそんなことを言われても、信じているものが違うんだから、考えを改めることは絶対無い。

当時の日本人が考えていたことは、領土を拡張することがいいことだし、占領した住民の人権は無視していいと考えていたし、日本人の命とセデック族の命の価値に差があると考えていた。そう信じていたのだから、それを咎められたとしても、考えを改めることは絶対無い。

これらの考えは、時代が変わると変化している。当時は「絶対的な真理だ」とみんなが思っていたことで、それを信じて行動していたのだが、50年も経つと、徐々に変化している。特に日本人が信じていることは。

今の日本人の見方はどうだろう?2番より1番の方がいいと思っているし、大学進学した方がいいと思っているし、国立大学に多く進学した子どもがいる高校の方が優れた教育力を持っている高校だと思っている(人が高校教師に多い)。

こんな考え、50年前には無かったことだ。だから50年後には、いや、今の世だったら20年後にも無くなってしまう考えじゃ無いかと思われる。

管理職が偏差値を上げるためだったら、高校では人間関係を学ばなくてもいいと、豪語する。担任が、国立大学を目指さないんだったら、もう進路指導をする必要がないと言う。こういう高校教師が当たり前のようにいる教育界って、本当に子どもの成長を促す場なんだろうか?

子どもが人間関係を学べず、むしろ、人間関係を疎遠にさせたり、大人から不必要な圧迫、プレッシャーを受ける場と高校現場がなっているところが多い。そんな高校だったら、通わせない方がよっぽどいい。

大学進学者数が、本当に出世に関わっているのかどうなのか、不確定なのだが、自分の地位のため、自分のプライドのために、学歴幻想を引き合いに出して子どもたちを傷つける。早くこの幻想から目覚めさせなければならない。

2019-07-10自由に課題に取り組む

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高校教師時代に比べて,こんなに裁量権のある職場に移ったせいか,ちょっとでも束縛されると窮屈に感じる。

模擬授業を見たり,受けたりして,きっと授業技術の高い人なんだろうと思うんだけれど,随所に教師の意図を探らざるを得ない雰囲気が出てしまって,それを言い当てるのもなんだかしゃくに障るし,外すのも意識しているようでなんだか嫌。天邪鬼だからそう思うんだけれど,たくさんの子どもたちはこう思っているんだろうな,と感じた。

「こんなこと当然分かっているでしょう?」と言いながら,自分しか分からないニッチなことを示す。

「これ,分かりますか?」としたり顔に,既にみんながわかりきっているようなことをクイズ形式で示す。

もっと自由にいろいろ発想させてくれ〜!もっと自由にいろいろ考えさせてくれ〜!

課題に到達するまでの方法選択や各自の目標設定の自由を保障してくれ〜!と思う。ひとつひとつの小さな課題が,教師の思考パターンを表していて,「私はあなたの思考パターンとは違いますけど?あなたはそう考えたからといって,私はそう考えるとは限りませんよね?」と伝えたい。教師の思考パターンを子どもになぞらえさせる授業はおしまいにしよう。

2019-07-09ポモドーロテクニック2

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ポモドーロって,イタリア語でトマトのことだったのか。知らなかった。トマト型のキッチンタイマーで測ったからそう命名したらしい。

25分仕事をして5分休憩をするというとても単純なサイクル。4サイクル目には15分の休憩が待っている。これを導入して約半年経ったが,とても自分には合っている。

Macに向かって仕事をしていると,だらだらと脱線し,メールチェックをしたり,ネットサーフィンをしたりするようになる。別にそれはそれで仕事なんだけれど,今しなければならないことについて検索していると,検索が派生して脱線してしまう。

そこで5分の休憩が入ることで,強制的にその仕事を切断する。5分の休憩の時には必ずリクライニングチェアで横になることにしている。そこで,「あれ,今何するべきなのかな?」と思い返し,脱線から元に戻ることも多い。

5分の休憩がとてもいい効果だ。マンガを数分読んで,数分目をつむることで,最近特に目の疲れがひどくなっている私にとってはいいリラックス効果をもたらしてくれる。そしてその時に,たすくまに記入するほどでもないちょっとしたやるべきこと(あの人にメールを送っておかなきゃ,とか,ICレコーダーをあっちの鞄に入れておかなきゃ,とか。)をよく思い出す。物忘れの多い私は,これで結構助かっている。

次のサイクルには何をしようかな?と次のタスクを決めることができる。そうすると集中する。

どんな仕事の途中でも休憩時間が来たら,分断する習慣が付いた。すぐに横になる。そうすることで,続きの仕事のマネージメントをすることもできる。

最近は5分という短い時間の休憩をするために25分仕事をしているようになって来た。私によくある主客逆転だ。それはそれで効率が上がっているのだからとてもいい。

とはいっても,終業時刻になるとがっつり疲れているのもわかる。疲労困憊でアパートに帰り飲むビールがいいんだなぁ。

2019-07-04かわら亭

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今日も最高のサウナ体験だった。人は少ないし,外気温も適切。ととのい度もMAX。

どうやってととのうかを試行錯誤してきたが,一番のポイントになるのは

呼吸法

ではないかと思ってきた。水ぶろに入っているときに深呼吸をする。休憩しているときにも深呼吸をする。そこで最高のととのい体験が生まれるのではないか?

というのも,水ぶろで体中の血管が収縮して,体に酸素が行かなくなる。体温を保つためには,どんどん血が流れて熱を発散させてはいけないからだ。水ぶろに入っていると,心臓が活発に動くようになってくる。体の末端に酸素が行かなくなるから,血圧を高めて行き渡らせようとしているのではないか?

そんな水ぶろに入っているときの血管と心臓のせめぎ合いの時に深呼吸をして,酸素を蓄える。どこに蓄えられているのかわからないけれど。

そして水ぶろから上がり,休憩時にそれまでに蓄えられた酸素が一気に体中に行き渡る。そこでととのいが生まれるのではないか?と素人ながら考えた。休憩時にも深い息をして,酸素を取り込むのだ。

最近は2ターン目でととのい度MAXになってしまい,3ターン目は2ターン目を超すことがなくなるということがわかったので,かわら亭ではミストサウナに入ることにした。冷えたからだがじんわりと温まり,冬場の日なたぼっこの様な感覚が得られる。そして最後の仕上げは一番熱い湯船につかり,全身がビリビリと痺れる感じで終えることにしている。完全にトリップした感じだ。

今日のととのい度→5 ☆☆☆☆☆

2019-07-02これからの道徳教育

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今日の「教科の特質に応じた見方・考え方を働かせる授業づくりの実践と課題」では,道徳を扱った。学習指導要領解説で「道徳科の目標」を読んだのだが,よくわからない点,腑に落ちない点が満載だった。

内容を捉える「四つの視点」として「D 主として生命や自然,崇高なものとの関わりにかんすること」の「崇高」に引っかかってしまった。「崇高」って,何が崇高なんだろうというところと,「これは崇高なもの」と権力者が決めていいのだろうか?

もちろん,私は自然に対して畏敬の念を抱いているし,崇高だと感じている。また,人間の力を超えた何かがあるのではないか?と薄ぼんやりと信じている。「怪異」はいる(少なくとも人間の心の中には)と信じている。きっと学習指導要領では,自然を「崇高」と捉えているのだろうけれど,それだけではない。

もしかしたら,ある特定の人を「崇高」と判断させる余地を残しているのではないか?と危惧してしまう。崇高かどうかは権威者に決められたくない。個人的に思うもの,信じるもの,感じるものだ。それが引っかかったというか,気に食わないところだった。


学習指導要領や解説には「道徳的見方・考え方」という表現はない。「多面的・多角的見方や考え方」という表現がある。それが道徳で身に付けるべき「見方・考え方」なのだろうと読み取った。「多面的・多角的」が頻繁に出現しているにもかかわらず,引っかかった部分があった。

四つの視点の「B 主として人との関わりに関すること」の[友情,信頼]で,「異性についての理解を求め」と書いてある。理解を深めるのは異性だけなのか?その前の表記には「友情の尊さ」とあるから,「異性」はきっと「恋愛対象としての異性」という踏まえるのだろうと推測される。

同性に対して恋愛感情を抱いた場合の配慮のカケラがない。「多面的・多角的」に反するのではないか?LGBTへの配慮をしていないというのは,それに反対する権力者への忖度なのか?そこまで書くと文句が来るのだろうか?だったら,「異性」なんて語は排除すればいいだけのことだ。

手元にこの指導要領に基づけた教科書がなかったため,旧指導要領に基づいた中学校教科をめくると,「異性に好意を抱くのは普通のことです」という文言が現れる。これを見て,「自分は異性に対して好意を抱かず,同性に対して好意を抱いているから普通じゃないのか。」と感じる生徒はいるはずだ。

同じように,「友達」にも,「友達がいて当たり前」,「友達はいた方がいい」というバイアスが感じられる。「本当の友達」とか,「親友」という学校で押しつけられる定義に苦しめられる子どもは多い。そんなの,自分で決めることじゃないし,誰からも決められることじゃない。自分で友達なのか,知人なのか,親友なのか,本当の友達なのか,線引きなんかできないし,分けのわからないまま付き合って,そのまま大人になっていく。「親友」と思っていたが,成長して全くの疎遠になってしまう人もいる。「親友だね」と互いに確認し合っていることもある。こんなの「トモダチ幻想」だ。

「みんな仲良く」という標語(名言化されていたり,不文律であったり)に苦しめられている。そんなのやめて,「いろんな付き合い方があるけれど,なるべく折り合いを付けてやっていこう」という方が道徳教育の目標であるべきだ。

最後にAIのことを持ち出した。AIに道徳教育を施すことはできるのか?AIに対する道徳的な接し方は何なのか?

というのも,人工知能学会の倫理指針の最終項以下の記述がある。

9 (人工知能への倫理遵守の要請)人工知能が社会の構成員またはそれに準じるものとなるためには,上に定めた人工知能学会員と同等に倫理指針を遵守できなければならない。

とっても恐い。人工知能に人格を認める記述であるし,何もしなければ遵守できないと思われるから,規定が設けられている。

遵守するためには道徳が必要なのではないか?ということは,行く末は人工知能にも道徳観が備わるということなんだろうか?知能だけではなく知性も持つようになるのか?

こういう時代の道徳教育,人間以外で人格をもつものに対する道徳的振る舞いまたは,人間以外で人格を持つものからへの道徳的振る舞いについて考えなければならないことは,未来の道徳教育に課せられている。

2019-07-01自省録 マルクス・アウレリウス

[]自省録 マルクス・アウレリウス 京都大学学術出版会 1998 自省録 マルクス・アウレリウス 京都大学学術出版会 1998 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 自省録 マルクス・アウレリウス 京都大学学術出版会 1998 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 自省録 マルクス・アウレリウス 京都大学学術出版会 1998 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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めちゃくちゃ手強かった。読んでいる端から何が書いてあるかわからなかった。読んでも読んでも頭の中に入らない。ところどころぽつぽつと残っているだけだ。これを読んで,解説しているひとは,なんて頭がいいんだろう?と思ってしまった。

そもそも「自省録」は,人に読ませるために書いたものではないという。自分の覚え書きだそうだ。マルクス・アウレリウスは,哲学者になりたかったのに,ローマ皇帝になってしまったそうだ。だから走り書きを残しておいたんだろう。

それでも,なるほど,と思った記述もいくつかあった。細かい部分は表記が違っているけれど,こんな感じ。

人は,今しか持っていない。過去も未来も所有していない。だから,所有していない過去に対して悔やんでも,意味がない。まだ所有もしていない未来に対する不安を持っていても,それは勘違いである。

なんか,いい表現だなぁと思った。

いつも寝る前の数十分間読書をするのだが,読むと眠くなるタイプのヤツ。図書館から借りたのだが,2カ月の期限が来てしまい,返却せざるを得なかった。あと1/4ほど残っているが,未完読で返す。また手に取ることはあるのだろうか?

マルクス・アウレリウスは,空中ブランコをするときには,下に安全策としてネットを張るようにとおふれを出した肯定だそうだ。いい人だ。

自省録 (岩波文庫)