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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2019-04-24十日町高校時代

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平成6(1994)年度〜8(1997)年度まで,十日町高校に勤務した。十日町市に転居したのだが,アパート住民とのトラブルで半年も経たないうちに六日町に出戻った。その当時も賃貸アパート事情はそれほどよく無く,十日町市内でも見つからず,結局六日町で一番初めに下宿した大家さんの家の隣にある一軒家を借りることになった。1人で3部屋+ダイニングキッチンのある一軒家である。独身だったからできたことかもしれない。しかし,住民トラブルのことを今から考えると,もうちょっと上手く対処することもできたと思うが,当時はやっぱり,「自分が正しい」と思い込んだら,「上手くやること」を考えず,意見を押しつけて対立していたような気がする。そういうことは学校での指導でも現れていた。

相変わらず部活動至上主義は持っていて,1年目はソフトテニス部に配属されたが,2年目は希望してテニス部に異動した。一応実績があったから希望が通ったのだとは思うが,うまく付き合ってくれた部員もいれば,そうではない部員もいた。部活動を引退してから,「いろんな部員の気持ちも考えてほしい」と言われたこともあった。上手く付き合ってくれた部員からのアドバイスだった。こっちの思い込みからの押しつけがまだまだ続いていたことが今となっては分かる。

クラス経営はどうだったのかというと,完全にまだ手探りで,私の指導方針がそのような「おしつけ」だったので,反発する生徒もいたし,受け入れて指示してくれる生徒もいた。完全に2極化していたような気もする。「アクが強かった」ということなんだろう。

学校を取り巻く雰囲気は,まだまだ寛容な時代で,教員集団も,それほどピリピリしていなかった。年に1回1泊2日の職員旅行はあったし,テスト期間中や放課後,スポーツ大会をやっていた。一度テスト期間中に体育館でグラウンドホッケーを習ったことがあった。ホッケーはあれ以来していないが,とても楽しかった。

そんなおっとりした時代だったが,「日の丸君が代問題」の渦中だった。なんだかんだあり,式の時に日の丸をステージ背面に貼り,君が代斉唱を管理職が強行するということが各地でおこなわれてきた時代だった。

大学進学希望者が多い高校だったが,何が何でも大学進学させなければ,という雰囲気もそれほどなかった。クラスで,あまり成績の良くない生徒の保護者と面談していたとき,こちらからの話としては,「もっと勉強時間を多くして,成績を良くして……」という内容ばかりを伝えていたと思うのだが,その子の母親からは「うちの子は,優しくて,小さい子の面倒をよく見てくれて,私はそれでいいと思うんです。」と言われたときに,はっと分かった。

人間として立派なのは,他のことなんか目もくれず,勉強だけに没頭して,成績を上げる人よりも,自分の家族のことを気づかって,他者に優しい人の方だ,と。

今まで自分は子どもをどういう大人に育てようとしていたのか?きっと「自分のように」勉強をして,大学に入って,定職について……という「周りの人の気持ちに気づかない,自分のことばかりを考えている大人」を作ろうとしていたのかもしれない。そんなことよりも身近な周りの人に対して自分の時間を割ける人間の方が立派なんだとわかった。

わかったと言っても,それを実行できているのかというと,それはまた別の話で,30年近くそんな風に生きていて,身についたものは簡単にははがれない。はがれないが,はがそうと意識をするようになったとは思う。

十日町高校時代の教え子に会うと,必ず言われるのは,「先生の『こころ』の授業だけは覚えています。」ということだ。国語の授業はかなり勝手にやらせてもらったので,「こころ」の授業で20時間ぐらい使っていたのだ。「読み研方式」を覚え,物語の授業は,これだ!と没頭し,自分で読み研方式「こころ」をアレンジし,プリントを用意し,がっつりやった気がする。

今から考えると,これもハマる生徒にはハマるが,そうではない生徒には飽き飽きした授業だったんだろうと思う。それでも,私の授業を10年以上経っても覚えていてくれるというのは,教師冥利に尽きるものだ。

六日町高校時代の「大学受験問題演習型授業」から,「言葉の機能着目型」で,物語を読み取る授業にちょっとずつシフトしてきたんだと思う。民間の研究会に出席するようになったのもこの頃からだ。

3年で転勤することになった。1年から勤めていた担任は,卒業を待たず,2年生で他の先生にバトンタッチすることになった。それはとても残念だったが,同僚と結婚することになったのだから,しかたがないことだ。



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結局ここがホームサウナとなるのかもしれない。露天の水風呂再開まで行かないと心に決めていたが,小さい水風呂を我慢すれば,上越地区で他に比類を見ないサウナである。サウナは熱いし,水風呂は冷たい(ただし狭い)。広い風呂は温泉だし,外気浴だってできる。

だから,露天水風呂が再開されないうちは,混んでいないことを願うだけなのだ。

せっかく入るので,回数券を買おうと心に決め,さて,どっちを買うか?3カ月の有効期限で5,000円と,1年の有効期限で6,400円。3カ月が有効期限だと,1カ月に3回以上入らなければならない。果たしてそんなに通えるのか?コンスタントに行けば,通えるのかもしれないが,何があるか分からない。しかも10連休が挟まれる。7月にも入ると,上越にいない時期もある……と思い,結局1年期限のものを買ってしまった。

今日の風呂は,まずます混んでいる。小さな水風呂を見ると,蛇口から水が流れていない。私が蛇口を開いてから体を洗い始めると,蛇口を止める人がいる。一体何なんだ?従業員でもないだろう?あんな小さな水風呂に誰かが入ったら,水位が下がったままになるじゃないか。それとも入った後に蛇口を開いてくれるのか?そもそも水温を低く保つために水は掛け流しの方がいいのではないか?

と思いながら,サウナに入ると,5人くらい入っていて,結構きつい。もうちょっと後に来ればよかったかもしれない。この時間帯は混む時間帯か。

しかし我慢して入っていると汗が噴き出す。ここの水風呂は理想的な冷たさだ。これを求めていた。そしてこのサウナの広さ,5人入っても,それほど詰めなくてもよい。そして,外気浴。

今日は思い切って,石が敷き詰めてあるところまで出て休憩する。大きな石に腰掛けてうずくまっていると,もしかしたら見る人は大きな石だと思うかもしれない。

適度な風があり,ととのってくるのが分かる。じんじん手足と頭がくる。1回目はこんなものかと思い,サウナにまた入る。はいったら,なんと,サウナの中でととのった。これは初めての経験。休憩の後でもサウナに入ってじんじんくることはよくあるが,あそこまでととのうことは今までなかった。うーん,このかわら亭はやみつきになる。

3セットおこなって,気づいたら8時前だった。かなりゆっくりしていたなぁ。

今日のととのい度→4 ☆☆☆☆★