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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
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2019-03-06教師という職の限界

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全ての職の影響力には限界がある。当たり前だ。できないこととできることがある。しかし何でもできると思っている人のいう言葉が教師を苦しめてきたから,今のような状況になっている。何でもできると思ってアドバイスや提言をしている教師は己の限界を知らずに言っているからたちが悪い。

人間はできないことはできないし,できることはできる。できないことをできるようにすることが成長の1つだから,職能を高めようとする。しかし一足飛びには成長しないし,絶対にそこまで到達できないことだってある。

プロフェッショナルだったら,学び続けろとか,プロフェッショナルだったら自分の生活を犠牲にして目の前の子どもにかかりっきりになれとか,プロフェッショナルだったら大学入試問題を解けるようになれとか,言いまくっている本を読み出したが,あまりにも痛々しくて読み続けられなかった。

子どもは手をかけなさすぎるのもだめだが,手をかけすぎるのもだめだ,と思う。忍野メメの言葉じゃないが,「助けないよ,手を貸すだけ。人は一人で勝手に助かるだけ」という言葉が教師のスタンスとしてちょうどいいような気がする。

教師ができることはとても限られているという認識と,子どもたちの力はとてもすばらしいという認識の両方を持っていることが教職を続けていく上で重要なことだと思う。教師はそれほど子どもに影響力を与えられない(悪影響だったらかなり与えられるかもしれない)し,思っている以上に子どもたちは自分たちで何とかできる力を持っている。

教師が施した指導を子どもたちが全てそのまま受け取ってしまうという現実からかけ離れた考えをこの人は持っているように思われた。いやいや,教師にはそれほどの力は無いし,子どもだって取捨選択して受けとっているよ,と思ってしまう。御自身だってそうでしょう?何でもかんでも受け入れているわけじゃないと思うんだけれど。

それに,プロフェッショナルな教師は子どもへの影響を第1に考えるのが当然で,自分の子どもの入学式に出るために,自分の担任の新入生の入学式は欠席するようじゃ,プロフェッショナルでも何でもないと言いきっている。そんなことをしたら子どもが自分の都合で行事を休んでいいことになってしまう,なんて言っているのだが,自分の都合や家庭の都合で学校の行事を休んでもいいに決まっているじゃないか。

きっと私はこの記述にカチンと来て拘っているのだが,児童生徒だって,自分の子どもを第一に考えている親としての姿を見せている担任の方が,人間として立派だと分かってくれるはず。クラスのことが一番で家庭のことは犠牲にしている担任なんて,重くてしょうがない。

そして,人間の成長(特に,子どもの成長)は,まだまだ研究で分からない部分が多く,同じような指導をしても,うまく行く場合とうまく行かない場合が多い。同じ子どもに対しても,うまく行くときとうまく行かないときがある。「このようにやれば必ず効果がある。」といっている教師の言葉は信じない方がいい。そういう場合は「エビデンス俺」という場合がほとんどだ。

と,その本を読んでムカムカしていたのは,きっと20年前ほどの私だったらこんなことを書いただろうと思ったからだ。よく分かっていない過去の自分を振る変えることこそ恥ずかしいことはない。こんなこと書いても本として出版されるんだから,○○賞をもらった教員って,評価が高いんだなと思った。