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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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2018-05-24沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」

[][]沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

院生授業「中学校・高等学校授業づくり演習」の4つ目の題材は古文「歌ゆゑに命を失ふ事」。この題材は,掲載されている教科書をよく使っていたけれど,今まで授業で取り扱ったことがなかった。読んでみたら,映画「ちはやふる 結び」のネタになっているものだった。授業で扱っていれば,あの映画ももっと面白く見られたのに……。

この題材を選んだ院生さんは,「和歌に出会うと,よく読み取れないという苦手感があるから,選んで観た」ということだった。

《不明点・問題点など》

 「左右」の読みって「ソー」でいいんだよね。ふりがなは「さう」だから。

 そうだよね。

 何で振りがなついていないんだろう?教科書のふりがなの付け方って何かルールがあるのかな?

 「御」もいろんな読み方があるけれど,ここでは「ご」と読んだり,「ぎょ」と読んだり「み」と読んだりしている。ふりがながついていないのは,「おん」でいいのかな?

 全部にふりがな付けてほしいよね。

 高校生はふりがななきゃ読めないと思う。先生も読めない。


 「兼盛もいかでこれほどの歌よむべきぞと思ひける。」の「思ひ」の主語って忠見となっているけれど,どうしてそうなるの?兼盛でもいいんじゃない?

 忠見が「名歌よみ出だしたり」と思って,一方兼盛「も」自分の読んだ歌ほどの歌を忠見は読めないだろうと思うって解釈できるよね。

 「も」は係助詞じゃないから,主語ってわけじゃないと思うけれど。

 じゃあ,「動作の主体」を考えてみると……。

 「名歌よみ出だしたりと思ひて,」と「て」があって,続くからじゃないかな?

 続いているけれど,「て」があると絶対主語が変わらないってわけでもないよねぇ。

 「さて」があって,ここから兼盛の歌について書かれているわけだから,それ以前が忠見のことっていう,それ以外の判断はできないよね。

 じゃあ,「思ひける」の動作の主体を問えないということかな?

 そうかも。


 歌合って,左からよむでしょ?左が読んで,右が読んで,判者判定するでしょ?左が先なんだから,兼盛の歌を忠見は先に聞いてるのに,忠見がその後「恋すてふ……」って読んだときに「俺の歌サイコー!」って思ったんだよね。それなのに,「兼盛の歌がすばらしい」って思って病になってるよね。これ,おかしくない?

 4行目の「恋すてふ……」は,歌合の場面じゃないということじゃないの?

 歌合は事前にお題が出されていて,それぞれ考えて持ち寄っていて,4行目は歌合の場面じゃなくって,自分一人で歌を作って,「しめしめ,兼盛はこれほどの歌を読まないぞ。」と思っているという。

 そうか。だから5行目に「さて」と場面が変わっているのか。

《授業課題について》

 ネットで調べてみたんだけれど,知恵袋みたいなものに,古典のワークの写真があって,問題が載っていてね,そこで「帝が兼盛の歌を勝ちとした理由は何か?」という問いで,その答えが「忠見の歌は2〜3回読んで,兼盛の歌は何回ももっと多く読んだから。」みたいなことが答えになってるんだよ。これって違うよね。

 そうだね。「つつめども……」の歌が優れいている理由にならないよね。

 「つつめども……」の歌が優れている理由って,どこにも書いていないよね。

 授業課題だけれど,やっぱり,ここを聞きたい。「兼盛の歌が忠見の歌よりも優れている点は何か?」というような。

 どこが優れているんでしょう?

 どう思う?

 忠見が「『ものや思ふと人の問ふまで』に「あは」と思ったというから,帝も当然そこに感動したんじゃないかな?

 そうか。

 じゃあ,「ものや思ふと人の問ふまで」はどこが優れているか?といいう問いもあるよね。

 これって,「初恋」っていう題だから,問われて初めて自分が恋をしていることに気づいた,みたいな。「恋すてふ……」は,自分は思っていることを認識しているけれど,「つつめども」は認識していず,なんだかわからない辛い思いがあったんだけれど,人に問われて「ああ,これって恋なのか」とわかったという。

 今まで恋したことがなかったら,「恋」とか,「初恋」なんて気持ちわかんないもんね。

 「答え」が書いていないから,生徒たちはいろいろ考えられる。いろいろ考えてアイディアを出す課題でいいんじゃないかな?きっと高校生たちはそういう年ごろだから,盛り上がると思う。

 自分の直接体験や,間接体験をもとに,歌を詠み込むことになるでしょ?


 他の課題はある?

 私はここの「あはれ」にこだわりたい。「あはれ」って,現代語一語に訳せないものだから,ここの「あはれ」にどんな意味がこもっているのか考えさせたい。

 説話だからね。

 「執心」はよくないけれど,「道を執する」のが「あはれ」だから,「執心」って,死ぬほど歌にのめりこむことでしょ?「道を執する」って何をすること?

 歌の価値を知り,自分の負けを潔く認められたそのきもち?歌の道。それほど歌がわかっているということ?

 じゃあ,「執心」,「道を執する」とはそれぞれ何か?という問いもいいね。

 それが「あはれ」だから,どんな現代語が充てられるのかも問うのもいいかも。


 ネットで調べてみたら,忠見って,この件で死んでいないみたいだよ。

 えー!

 この歌の後にも歌を読んで記録に残っているみたい。

 そうか。この件で死んだんだったら,「生没年未詳」なんて書かれていないよね。

 そうか。これはフィクションだったのか。

 なんか,死んでないとすると,感じ方が違ってくるような気がする。

 確かに……。

非常に短い文章だが,とてもたくさんのイメージが湧いてくる題材だった。授業で扱ってみたいと,今更ながら思う。