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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,2019/11/2〜4に長野県でおこないます。
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2018-05-31中納言参りたまひて(枕草子)

[][]中納言参りたまひて(枕草子) 中納言参りたまひて(枕草子) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 中納言参りたまひて(枕草子) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 中納言参りたまひて(枕草子) - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

中学校・高等学校授業づくり演習 5つ目の題材は枕草子から,「中納言参りたまひて」。受講者が教育実習でおこなって,うまく行かなかった経験から,この題材を再考したいというので選んだそうだ。

《不明点,読んだ感想など》

 やっぱり主語が書かれていないから,難しそう。

 敬語表現や,二重敬語で判断するんだろうね。

 古典に親しみを持てない生徒は,理解してくれなかったです。面白いって思ってくれた

生徒もいたんですが。


 ちょとわからなかったのが,清少納言が「くらげのななり」と言ったことを,隆家が「自分のものにしよう。」って言った理由が,どうしてかな?って,わかりませんでした。

 そのうまいこと言ったのを「自分のものにしよう。」っていう。

 「これは隆家が言ににしてむ。」って,ネットで調べてみたら,中宮が言ったというのと,隆家が言ったというのと,2つあったんだよね。これは隆家が言ったのでいいんだよね。

 中宮が言ったというのは明らかに間違いですよね。

 「笑ひたまふ」と通常の敬語にしているから,二重敬語じゃないもんね。

 中宮には必ず二重敬語が使われているかな?

 隆家には通常の敬語しか使われていない。

 じゃあ,やっぱり中宮じゃなくって,隆家が言った言葉でいいんだよね。

 それじゃあ,やっぱりここは敬語をしっかりとやっていかないとストーリーがつかめないということで,敬語を勉強するものになるのかな?

 中宮が言ったことにすると,「あんた,この言葉,うまいこと言っているから,あなたが言ったことにすればいいんじゃない?」って,めっちゃ上から目線だよね。そんな高慢な感じで中宮を捉えちゃおかしいよね。

 そうそう。


 この時代って,自分のことを自分の名前で呼んでいたの?今だったら,女子が自分のことを名前で呼ぶことはあるけど……。

 1行目に「隆家こそ……」ってあるから,これは,自分のことを呼んでいるんだと押さえれば,「隆家が言にしてむ」も,隆家が言ったとなるよね。

 それでも,自分のことを名前で呼んでいたのかなぁ?

 平家物語だったら,自分の名前で呼んでいるよね。

 あれは,「名のり」だからかな?

 どうなんだろう。

 平安時代って,この会話文と地の文って,完全に分化されていたのかな?かぎかっこって,なかったでしょ?だから,「隆家」と言ったからといって,本人が言っていないみたいな。

 当時は,名前で呼ぶことはしなくって,官職名で読んでいたんじゃない?だから書き出しは「中納言参りたまひて」ってあるし。

 そうか。

 じゃあ,名前を呼ぶのは自分しかいない?

 なるほど。

 じゃあ,やっぱり「隆家が言にしてむ」は隆家が言ったことでいいんだ。


 とにかく,主語はないし,役職名だし,たまに名前が出てきて,「中納言」と「隆家」がイコールって,思ってくれないよね。

 そうそう。教科書の注に書いてあるんだけれど。

 注に目がいかないよね。

 我々は古典が好きで,そういうことは当たり前になっているんだけれど,生徒はそんなことがないから,ちんぷんかんぷんになる。だいたい,この作品の作者は?って言ったときに「枕草子」って答えられたことあるもん。

 えー。

 「枕草子」の方が,名前っぽいでしょ?「子」もあるし。

 「まくらくさこ」さん。

 書名が「清少納言」ってね。

 特に漢文なんかだと,人名なのか,地名なのか,全くわからないよね。

 「史記」で,項羽が函谷関さんに会った」みたいな。

 

 「「一つな落としそ。」と言へば」の注に「「一つも落とさないで書きなさい。」と(みんなが)言うので。ってあって,この「みんな」って誰?って質問したら,「中宮と隆家」と答えたときがあった。

 えー。

 そうか。

 だって,「みんな」って,登場人物それしか書いていないもんね。

 だいたい,清少納言も登場しているってどこにも書いていない。

 そこに侍っている女房たちっていう発想はどこからも生まれてこないよね。

 説明したんですけれどね。この文章をやる前に。かなり時間をかけて。

 イメージつかないんでしょう。そんな映像も観たことがないだろうから。

 最後の2行はその前と全く別の場面ということは思い浮かばないよね。


《そろそろ授業課題……》

 これって,「スベらない話」でしょ?清少納言がこんな話がありましたっていう紹介。「私が思いついたいいことを,隆家がとろうとしたんだよ。」っていう。「この話を喋ろうかどうか迷ったんだけれど,どうしたらいいと思う?」って最後に話して,まっちゃんが「喋っとるやないかい!」って突っ込むような。

 そうそう「いいかがはせむ」なんて言っているくせに,書いているという,清少納言のちょっとイヤらしさが出てるよね。

 それから,自分が言ったことが「うまいこと」だったんだっていう自慢とね。

 そうそう。

 「かたはらいたきこと」なんて書いているけど,自慢している。

 清少納言らしいよね。

 「かたはらいたき」ってどう訳すかを課題にしたら面白いかも。

 ほんとうに「「かたはらいたきこと」って思っている?」なんてね。


 これを初めて読む人は,誰が何を言っているか,わからないから,会話と登場人物だけ提示して,「どの会話をどの人が言ったら「スベらない話」になるのか?」と考えさせて,それで話が面白くなるかどうかで会話文の主語を考えさせたらいいかな?と思いついた。

 予習していないことが前提だよね。それぞれのキャラがどういう性格なのか?も押さえないと。

 そして,後から「だから,この人の会話にはこの敬語が使われている。」というように検証していく。

 なるほど。

 敬語が先になると,すぐに嫌になっちゃうから,そっちから攻めてみるといいかも。


 やっぱり,誰が言った会話文なのかを押さえないとだめだよね。

 こんなに短い文章なのによくわからない。

 しかし,どうして誰が喋ったか書かないのかな?

 この文章って,中宮を楽しませるために書いたんだよね。

 中宮だけじゃないかもしれないけれど。

 つまり,不特定多数に向けた文章じゃないよね。

 そうそう。

 だからそんなこと書かなくてもわかったんじゃないかな?書かなくてもわかる文化があったというか。

 そうか。

 それを,書かなきゃわからない高校生が読まされている。

 大変だ。


 実習でやったとき,「見たことがない骨ってなに?」って訊いたら,「ゴリラ」とか出たりして。でも,中にはやっぱり「くらげ」って言う子もいて。

 これって,なんで「くらげ」なんだろうね。

 「くらげ」じゃなかったら,他に何?って訊いたら,「宇宙人」っていう子もいた。

 宇宙人……確かにその骨は見たことがない。

 「見たことがない」じゃなくって,クラゲの骨って無いんだから,見られるわけないよね。

 これって,「本当はないんでしょ?」っていう清少納言の嫌みだよね。

 そうそう。清少納言らしい。

 すきだわー。

 「くらげのななり」を別のオチで言い換えるとしたら?っていう課題は?

 別の表現,なんだろう?

 ……

 「あなたのやる気みたいだね。」っていうのは?

 ある,あるって言うけれど,「やる気無いんでしょ?」みたいな。

 いいねー。

マンガで,吹き出しだけ描いて,そこにキャラを充てていくっていう課題は,面白そう。

2018-05-24沙石集「歌ゆゑに命を失ふ事」

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院生授業「中学校・高等学校授業づくり演習」の4つ目の題材は古文「歌ゆゑに命を失ふ事」。この題材は,掲載されている教科書をよく使っていたけれど,今まで授業で取り扱ったことがなかった。読んでみたら,映画「ちはやふる 結び」のネタになっているものだった。授業で扱っていれば,あの映画ももっと面白く見られたのに……。

この題材を選んだ院生さんは,「和歌に出会うと,よく読み取れないという苦手感があるから,選んで観た」ということだった。

《不明点・問題点など》

 「左右」の読みって「ソー」でいいんだよね。ふりがなは「さう」だから。

 そうだよね。

 何で振りがなついていないんだろう?教科書のふりがなの付け方って何かルールがあるのかな?

 「御」もいろんな読み方があるけれど,ここでは「ご」と読んだり,「ぎょ」と読んだり「み」と読んだりしている。ふりがながついていないのは,「おん」でいいのかな?

 全部にふりがな付けてほしいよね。

 高校生はふりがななきゃ読めないと思う。先生も読めない。


 「兼盛もいかでこれほどの歌よむべきぞと思ひける。」の「思ひ」の主語って忠見となっているけれど,どうしてそうなるの?兼盛でもいいんじゃない?

 忠見が「名歌よみ出だしたり」と思って,一方兼盛「も」自分の読んだ歌ほどの歌を忠見は読めないだろうと思うって解釈できるよね。

 「も」は係助詞じゃないから,主語ってわけじゃないと思うけれど。

 じゃあ,「動作の主体」を考えてみると……。

 「名歌よみ出だしたりと思ひて,」と「て」があって,続くからじゃないかな?

 続いているけれど,「て」があると絶対主語が変わらないってわけでもないよねぇ。

 「さて」があって,ここから兼盛の歌について書かれているわけだから,それ以前が忠見のことっていう,それ以外の判断はできないよね。

 じゃあ,「思ひける」の動作の主体を問えないということかな?

 そうかも。


 歌合って,左からよむでしょ?左が読んで,右が読んで,判者判定するでしょ?左が先なんだから,兼盛の歌を忠見は先に聞いてるのに,忠見がその後「恋すてふ……」って読んだときに「俺の歌サイコー!」って思ったんだよね。それなのに,「兼盛の歌がすばらしい」って思って病になってるよね。これ,おかしくない?

 4行目の「恋すてふ……」は,歌合の場面じゃないということじゃないの?

 歌合は事前にお題が出されていて,それぞれ考えて持ち寄っていて,4行目は歌合の場面じゃなくって,自分一人で歌を作って,「しめしめ,兼盛はこれほどの歌を読まないぞ。」と思っているという。

 そうか。だから5行目に「さて」と場面が変わっているのか。

《授業課題について》

 ネットで調べてみたんだけれど,知恵袋みたいなものに,古典のワークの写真があって,問題が載っていてね,そこで「帝が兼盛の歌を勝ちとした理由は何か?」という問いで,その答えが「忠見の歌は2〜3回読んで,兼盛の歌は何回ももっと多く読んだから。」みたいなことが答えになってるんだよ。これって違うよね。

 そうだね。「つつめども……」の歌が優れいている理由にならないよね。

 「つつめども……」の歌が優れている理由って,どこにも書いていないよね。

 授業課題だけれど,やっぱり,ここを聞きたい。「兼盛の歌が忠見の歌よりも優れている点は何か?」というような。

 どこが優れているんでしょう?

 どう思う?

 忠見が「『ものや思ふと人の問ふまで』に「あは」と思ったというから,帝も当然そこに感動したんじゃないかな?

 そうか。

 じゃあ,「ものや思ふと人の問ふまで」はどこが優れているか?といいう問いもあるよね。

 これって,「初恋」っていう題だから,問われて初めて自分が恋をしていることに気づいた,みたいな。「恋すてふ……」は,自分は思っていることを認識しているけれど,「つつめども」は認識していず,なんだかわからない辛い思いがあったんだけれど,人に問われて「ああ,これって恋なのか」とわかったという。

 今まで恋したことがなかったら,「恋」とか,「初恋」なんて気持ちわかんないもんね。

 「答え」が書いていないから,生徒たちはいろいろ考えられる。いろいろ考えてアイディアを出す課題でいいんじゃないかな?きっと高校生たちはそういう年ごろだから,盛り上がると思う。

 自分の直接体験や,間接体験をもとに,歌を詠み込むことになるでしょ?


 他の課題はある?

 私はここの「あはれ」にこだわりたい。「あはれ」って,現代語一語に訳せないものだから,ここの「あはれ」にどんな意味がこもっているのか考えさせたい。

 説話だからね。

 「執心」はよくないけれど,「道を執する」のが「あはれ」だから,「執心」って,死ぬほど歌にのめりこむことでしょ?「道を執する」って何をすること?

 歌の価値を知り,自分の負けを潔く認められたそのきもち?歌の道。それほど歌がわかっているということ?

 じゃあ,「執心」,「道を執する」とはそれぞれ何か?という問いもいいね。

 それが「あはれ」だから,どんな現代語が充てられるのかも問うのもいいかも。


 ネットで調べてみたら,忠見って,この件で死んでいないみたいだよ。

 えー!

 この歌の後にも歌を読んで記録に残っているみたい。

 そうか。この件で死んだんだったら,「生没年未詳」なんて書かれていないよね。

 そうか。これはフィクションだったのか。

 なんか,死んでないとすると,感じ方が違ってくるような気がする。

 確かに……。

非常に短い文章だが,とてもたくさんのイメージが湧いてくる題材だった。授業で扱ってみたいと,今更ながら思う。

2018-05-15勉強するとつい眠って……

[]勉強するとつい眠って…… 勉強するとつい眠って…… - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 勉強するとつい眠って…… - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 勉強するとつい眠って…… - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

徒然草第三十九段

 或人、法然上人に、「念仏の時、睡にをかされて、行を怠り侍る事、いかゞして、この障りを止め侍らん」と申しければ、「目の醒めたらんほど、念仏し給へ」と答へられたりける、いと尊かりけり。

「先生,勉強しているとつい眠って勉強できないんです。どうすればいいですか?」

「そうか,起きてるときだけ勉強しなさい。」

深いなぁ。何事にも覚悟が必要。

2018-05-14言葉の「檻」について

[]花筐(はながたみ) 2017 花筐(はながたみ) 2017 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 花筐(はながたみ) 2017 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 花筐(はながたみ) 2017 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

高田世界館で観る。

大林宣彦監督の戦争を題材にした映画。戦争を題材にし,長岡が舞台だった「この空の花」を観て衝撃を受けたし,大林宣彦監督の健康状態の報道もあったことだし,絶対に見逃せないと思い,観に行った。

終始大林映像が徹底されていたものだった。初作品「HOUSE」や初期の作品「時をかける少女」の非現実感を表すときの,「作り物感」が徹底されていたということだ。「HOUSE」や「時をかける少女」などを当時観たとき,今ほどCG技術が高くなったわけで,手書き感満載に着色されていたり,例えば花火が打ち上がったりと,「何だ,雑だなぁ」と思ってしまった。シーンの切りかえもワイプが多用されて,古めかしいなぁと思っていた。

しかし,今,そんな感じで作られた映画を観るとわかってくる。そのようなタッチで「非現実感」を現すと,現実に眠っているときに観ている夢のような感じを現しているんだと。つまり,現実に起こっている非現実感を表す表現だったのだ。人間が実際に見る夢は,リアルでもあるし,起きてから思い返すとなんだかわざとらしい「作り物感」を感じる。

この作品では,現実社会で起こっているが,冷静に考えたらあり得ない「戦争に日本全体が突き進む」という感じを「非現実感」として表現しているのだ。頻繁に差し挟まれる子どもたちの歌と行進,兵隊たちが整列してあるところに向かって歩いている姿,もう止められないというのが「非現実」として描かれている。

たまに見え隠れする「非現実」の社会に触れた登場人物も「現実」と「非現実」が交互に現れる世界で生きている。現実的な行動をしたり,非現実的な行動をしたり。

はっきりいって登場人物の言動は「よくわからない」,「一貫性の無い」ものであった。全てが現実であり,全てが何かのメタファーとして描かれているような気がするが,何のメタファーなのか,わからない部分が多い。わからないからこそ「非現実」を観ている人に感じさせるものなのだろう。

主人公窪塚俊介は,伯母の常盤貴子の元に居候をし,亡くなった常盤貴子の夫の妹,矢作穂香に恋心を寄せているのか,寄せていないのか。主人公の同級生満島真之介は付き合っている女学生がいるにもかかわらず矢作穂香にアプローチしていく。矢作穂香は病で余命幾ばくも無い。また,同じ同級生長塚圭史は,長年病気を患っていてベッドから起き上がれなかったが,その時面倒を見てくれた門脇麦のことをどうも思っていないと思いきや,満島真之介と付き合っていたにもかかわらず,結ばれてしまう。

と,分けがわからない。ぐちょぐちょなのだ。現実の映像と非現実の映像(イメージ映像)が入り乱れて描かれ,そして全員が死に向かって行く。

「わからない」という思いが観ているとき全編を通してあったが,観てから時を置いてみると,全てがメタファーなのだろうと思えてきた。

唯一観てはっきりわかったことは,常盤貴子も門脇麦も矢作穂香も魅力的だったということ。

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[][]言葉の「檻」について 言葉の「檻」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 言葉の「檻」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 言葉の「檻」について - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

院生授業「中学校・高等学校授業づくり演習」の今回は,教材をもとにした授業づくりはお休みして,ブログ「内田樹の研究室」2016.12.9記事「言葉の生成について」(大阪府高等学校国語研究会での講演の文字起こし)に書かれてあることから,「これってあれか!」と気づいたことや,気になることを話題に話し合いました。

国語授業の根っこの部分について掘り下げていきます。

 「似合う服が無い」っていう表現がすごく言葉っぽい感じがする。

 内田さんがフランス語の文献を日本語翻訳するとき,ぴったり当てはまる日本語が無いという比喩が「似合う服が無い」っていう。

 中国語では,宝石を表す言葉(「玉」,「璧」,「玦」……)がたくさんあるけれど,日本語では「宝石」だけとか。

 ちょっと違うかもしれないけれど,野球を教えていたとき,ボールの打ち方を説明してもなかなかわかってくれず,言語化が難しい感じかな?長嶋茂雄がボールの打ち方を説明したときに,「ばーっときたらばーっと振って打つんだ。」みたいな?

 中国の友人に言われたことは,日本は音の表現がとてもたくさんあるっていうんです。オノマトペとか擬態語とか。

 日本人って,自然の音を知覚するのが言語脳だって聞いたことがある。だから,言語化されやすいんじゃないかな?

 鳥の声が聞こえると,本が読めなくなるという……。

 韓国の「ドラゴンボール」のオノマトペはどうなってるのかな?(本棚からとって開いてみる。)あ,ハングルだ。

 韓国も音を表す語が多いって聞いたことがある。

 たまにアルファベットになってるね。

 野球の話に戻るけれど,なかなか伝えられないときに,「足の踏み出し方は,トマトをクチャって踏む感じ。」と言ったら伝わったときがあった。

 比喩表現かぁ。

 

 国語をやっていると,何でも言語化できるという気になっているところがあるよね。もちろん言語化すれば,認識したり,整理されたりするのだけれど,「深い学び」って,言語化できない部分もあると思うし,言語化したら深い部分が知覚されないまま捨て去られるようになっちゃう。

 限定されちゃうこともあるので,無理矢理言語化する必要が無い場合もあるんじゃないかな?読書感想文書かせると読書が嫌いになっちゃう……。

 言語のメリットとデメリットをちゃんとわかって国語教師は課題を作らないといけないんだろうな,なんて思ったりして。

 確かに難しいなぁ。

 英語って何で必要なのって課題があったけれど,英語はそのうち喋らなくても通じるようになるんだろうけれど,英語を勉強することが別の「服」を着ることだというのが何となくわかった。

 ホリエモンが良く言ってた,「スマホがあれば英語はもういらない。」って。

 中国で,よくスマホを持って話しかけられてた。

 僕もやった。

 同じところのレベルで古典の学習っていうのもあるんじゃないかな?

 昔,先生に「古典は外国語だ」って言われたことがあった。今読んでわからないだから,外国語だって。

 さっき,和歌の読み取りがなかなかできなくって,いつからかできるようになったって話があったけれど,ここ(内田樹のブログ)に書かれてあることだよね。読んでいれば自然とできるようになる。

 これが言葉の檻を獲得したっていうこと。ここでは「服」を着られたということ。

 これは,生活習慣がそうだから,言語が生まれるのか,言語があるから,そういう言語になるのか……。

 中国語って,日本語と語順が違うじゃん?それって,何か規定されている感じはある?

 あるある。欧米の人もそうだと思うんですけど,なにが「一番」なのかな?っていう感じが日本と中国とでは違う。日本で「御飯を食べます」っていうけれど,中国語では必ず「私は」が入るし,「私が」「何をする」というのが必ず来る。主張が強いっていうのか。日本じゃ,「御飯」だけで通じるというか,「私,御飯……」だったら,「あなたは御飯なの?人間じゃ無いの?」となってしまう。

 人間形成に関わってくるよね。

 外国語を獲得していない状態を「身に合う服がない」という語で表されていて,どんな服を着ているのかわからない,しっくりこないという意味なんだろうな。

 新人の教員が「教師らしくない」と言われるのは,教師の「服」を着ていないという感じなのかな?言葉遣いが違うというか。教師の言葉を使っていないという。でも,それって,どんな言葉遣いなんだろう?

 自分は教師になってもこんなくだけた言葉遣いになると思う。

 グループワークしているときとみんなに発表するときでは,言葉遣いが違うよね。

 そのグループだけに伝わる言葉遣いと,不特定多数に伝えようとする言葉遣いは,いつの間にか,学校で習得しているんだよね。小学校低学年で,それを無意識に獲得するというか。

 教育実習の時に,1年生と3年生で授業をするときに言葉遣いが変わっていた。

 それは,意識して?意識しないで?

 意識していなかったと思います。

 どんな風に違っていたんだろう?何に反応して変わったんだろう?

 同じ学年の別のクラスでも言葉遣いが違っていた。反応を見てなのかな?静かなクラスでは,元気を出してワイワイやらせるように。元気なクラスではもっとワイワイやらせるようにと。

 私はこの間小学校で授業をしたんだけれど,高校生相手と基本的に言葉遣いは違っていなかったような気がする。どちらも丁寧にしていたというか,もちろん,難しい語は使わないようにしていたけれど……語彙以外は違わなかったような……。

 「中腰」っていう表現がここに何度か出ているんだけれど,「中腰」の状態で,わからない,わからないと思いながら過ごすという。国語も,わからないものをわかった気にさせるのって,よくないと思う。先週やった「高瀬舟」もそうなんだけれど,「わからない」という状態を持続させて,気にさせて,自分でわからせるというか,気づかせるというか……。

 でも,テストがあると,ある程度「答え」を提示して,点数とらせる授業にしないとだめなところもありますよね。

 そうだよね。でも,新学習指導要領で,大きく変わっているんだから,テスト自体を変えて何を身につけさせるのかを変換していかないとだよね。センター試験も変わるし。

語り尽きず時間切れ。本当はここに書き切れない,たくさんの内容を語り合ったのだけれど。言語の獲得は新たな服の獲得。その服を新たに着ることで,新たな視点が持てる。なんてことを内田さんはこの段で言っているんだろうな,と読み解いて,問題は,それを国語授業づくりにどう活かすか,なのだ。

新たな服や檻の獲得と,その服をぴったりとしたものにしたり,檻を大きくするのが,国語授業の目的なのかな?とイメージは固まってきた。

2018-05-12高瀬舟

[][][]高瀬舟 高瀬舟 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 高瀬舟 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 高瀬舟 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

第3回目は「高瀬舟」

最近は「高瀬舟」が中学3年生の教科書に掲載されている。ちょっと前,高校3年生現代文で取り扱った記憶がある。かなり難しい語もたくさん使われており,中3で扱うことに驚いた。

《読んだ印象》

 こんなに難しい語があると受け付けない子は受け付けない。

 読む子は,授業で扱わなくてもどんどん読み進めると思う。

 生徒が嫌にならないように,どのような導入をしますか?

 音読は必ずやらせる。まる読みもするし,漢字の読みの確認も兼ねて。「こころ」を暑かったときは,2時間かけて読んだこともあったなぁ。

 先に話題を提示して,「安楽死」とか。みんなだったらどうする?という様なことを話してから読ませて,興味を持続させるとか。

 「高瀬舟」の映像作品ってあるんでしたっけ?ドラマとか。あんまり聞いたこと無いなぁ。

 調べたら,あるみたい。それをちょっとだけ見せるとか。

《作品解釈》

 自分がこの作品をみんなに考えてもらいたいのは,安易に「安楽死」の是非を問うのは,なんだか違うような気がして。

 テーマは「安楽死の是非」じゃないよね。森鴎外はそういうことをテーマにしているんじゃないんじゃない?

 なぜ鴎外がこれを書いたのか?というところを考えてみて,陸軍軍医だったから,殺すのか,殺さないのか,見捨てるのか,見捨てないのかというそういう経験があったんじゃないか?と。

 冒頭で,「入相の鐘の鳴る頃にこぎ出された高瀬舟は,黒ずんだ京都の街の家々を両岸に見つつ,」とあって,最後の文で,「次第にふけてゆくおぼろ夜に,沈黙の人二人を乗せた高瀬舟は,黒い水の面を滑っていった。」とあって,どちらも「黒」という語が使われているのが気になる。

 そして,真ん中らへんに「空を仰いでいる喜助の頭から豪光が差すように思った。」とあって,ここは光に包まれているよね。

 喜助は自分で剃刀を抜く時,「今まで切れていなかったところを切ったように思われました。」なんて言っていて,これを読んだときに「ぞわ〜」ってしたんです。

 これ,言わなくてもいいことだよね。

 切ってしまったから悪いことをして,罪を得ているんだと思っている?

 剃刀を抜くと,弟が死ぬってわかってやってる?

 「ひと思いに」とか,「しっかり握って」とか,決心はしている。

《課題》

 今までにない価値観を突きつけてるよね。

 いかにも森鴎外的な作品ですね。

 究極の選択。

 私と仕事どっちが大事?みたいな。

 「舞姫」!

 「いったいこの懸隔はどうして生じてくるだろう。」とあって,喜助と庄兵衛の違いを読み取らせるのは?読み取らせて,それを対義語で表させる。辞書とか使って。ネットに接続出来れば,簡単に対義語調べられるし。「果敢」と「逡巡」とか。「自立」と「依存」とか。ほら,庄兵衛って,自分で何も決めてないじゃない。オオトリテエに任せようとか。

 この最後の1文が何を現しているのかを考えさせる。

 これってなんだと思います?

 二人は平行線,交わらない。理解できないかな?

 黒い水で,わからないまま流れて行くみたいな。

 何も結論がつかず,流れていくっていう。

 中学校での「高瀬舟」は読書単元だから,わからないまま,気になるまま,結論付けずに読んで心に残しておく,でいいんじゃないかな?

 そうすると,「安楽死」の是非みたいに,無理矢理結論付けるのは,やっぱりおかしいよね。

 高瀬舟はかなり手ごたえのある作品で,「わからないまま(わかった気にさせないまま)」というのがいいんじゃないか?という雰囲気で時間切れになった。中学生で取り扱うには,字数の関係もあり,がっつり取り組むこともできないのか?とも思った。

 高校でだったら,ところどころある情景描写と2人の雰囲気(特に庄兵衛の考え)をからめて,「メタファー」について取り扱うのも面白いかもと,授業後思った。

2018-05-11ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル

[]ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル 2017 ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル 2017 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル 2017 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 ジュマンジ/ウェルカム・トゥ・ジャングル 2017 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

1995年に1作目が制作され,これはその続編だということだ。1作目はロビン・ウイリアムズの主演ということで,観に行ったのだが,内容はすっかり忘れていた。そして2作目は「続編」というアナウンスがどこからも聞こえてこなかったので,違う映画なのかな?と思いながら観にいった。

観ても,「続編」という感じは全くせず,繋がりを匂わすところもない。設定はほぼ同じで,ゲームの中にプレイヤーが入ってしまうというもの。1作目はボードゲームだったと思うけれど,今回はちょっと古めのビデオゲームとなっている。

この映画の面白いところは,プレイヤーとゲームのアバターのギャップだ。おたくなひ弱な主人公が,筋肉ムキムキのスキンヘッド考古学博士になったり,いけてるJKが,太ったおっさんの地理学者になったり,ちょっとおとなしめの暗い女の子が,8頭身美人格闘家になったりと,現実世界では経験しなかった設定を生きることで,他者の視点から物事を見られるようになるというもの。

ゲームだから,ライフが3つある。3回死んだらゲームオーバーなのだが,1,2回目では,死んでちょっとしたら空から降ってくるという設定。これがなかなかゲームクリアーに活きてくる。

以下はネタバレ

続きを読む

2018-05-10縦縦横横〜意味は自分で見つける〜

[]縦縦横横〜意味は自分で見つける〜 縦縦横横〜意味は自分で見つける〜 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 縦縦横横〜意味は自分で見つける〜 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 縦縦横横〜意味は自分で見つける〜 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

NHK朝ドラ「カーネーション」を夕方再放送している。

主人公糸子(尾野真智子)が女学校をやめてパッチ屋に勤めるとき,父親の善作が「いいか,勉強やで,勉強のつもりで行くんや」と送り出す。糸子は何言っているんだろう?とよくわからずも「はい」と言って勤め出す。

職場のパッチ屋では憧れのミシンを触らせてもらえず,掃除やまかないばかりをやらせられる。そんなシーン。([:title=ブログ「日々のダダ漏れ」より引用https://ameblo.jp/pikataa3/entry-12368586205.html

「カーネーション」第13回~第3週「熱い思い」

(窓ガラスを磨く糸子)

田中) そんな拭き方があるかい!

 もっと縦縦横横や!

糸子) 縦縦横横?

田中) 縦縦縦縦、端っこまで行って、

 ほんで上から横横横横や。

糸子) ああ…。

田中) 丁寧にやれ、丁寧に! 返事は?

糸子) へえ。

 縦縦縦縦、横横…。

糸子は窓ガラスをまるく拭いていて,言われた「縦縦横横」の意味を全くわからずおこなう。何でそうしなければならないのかわからず,疑問に思いながら,不満に思いながら言われたとおりにする。

いろんなしきたりがわからないまま,言われるがままに働くが,ある日わかってくる。


「カーネーション」第15回~第3週「熱い思い」(「カーネーション」あらすじ感想を綴るブログより引用)

翌朝、糸子は桝谷パッチ店でいつも通り誰も来ていない時間から店の準備を始めた。

それまで雑用を嫌々していた糸子は、楽しそうに窓を開け、作業台を拭いた。

窓を開けたら朝の風が入って空気が入れ替わるんやな。

こんなして机が綺麗に拭かれておったら気持ちがええんやな。

「おろ!風邪もうええんけ?」

昨日、居ない方が進むと糸子に言った作業員・岡村が出勤してきた。

「へい元気になりました」糸子は元気良く答えた。

「そうけ…せや!飴やろ!」

怖い人が飴くれることもあるんやな。

縦に拭いて横に拭いたら汚れが残らへん。

お茶は少し待ってちょっとずつ入れたらおいしなる。

その気になったら勉強できることは山程あるんや!よし!もうこんだけ知恵ついた。

糸子は学んだ事を記しているノートを見ながらそう思って嬉しくなった。

知恵ちゅうんは増えていく物ばっかしもんやし

10年っちゅうのは減っていくばっかしのもんや。

…あと9年と369日…大丈夫や、ウチはちゃんとミシンに近づいてる。

「しきたり」の意味を教えてもらったわけでもないのに,糸子は自分で見つけている。これが父善作が言った「勉強」ということもわかった。

「意味を自分で見つけている」のだ。これが「深い学び」の姿だ。


奇しくも今日の「半分、青い。」で,主人公すずめが職場のインベーダーゲームのテーブルをまるく拭いていたら,井川遥が吹き方を縦縦横横に直していた。そのシーンはそれで終わったけれど。

掃除から学ぶことは多いな。学校の清掃は,しきたりの伝承があまりなされなくなったような気もする。掃除の仕方がわからない教師も多いからなぁ。

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