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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2017-07-23理論と実践の往還

[]理論と実際の往還 理論と実際の往還 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 理論と実際の往還 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 理論と実際の往還 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

教員の研修会で交流会があると,自分の実践はどうか,相手の実践はどのようなものかという情報交流が頻繁におこなわれる。その中で,どのような実践が自分の目の前の子ども対に有効かを考え,有効そうな実践の取捨選択がおこなわれる。その基準は,自分の「感覚」となる。

その感覚が合っているかどうかは何の根拠もない。感覚にフィットするものが実践され,フィットしないものはスルーされる。フィットしたものを実践したとして,効果がある場合もあるし,無い場合もある。実践の有無は各自の感覚なので,効果が無かった場合は,「あの実践はダメだ」ということで終わってしまう。

しかしそこで重要なのは,どうして効果があったのか,どうして効果がなかったのかという「理論」部分の検証である。この検証がされなければ,各教室で,各学校で,各地域で同じことがくり返され,その子どもたちにとって効果のない実践が,教師の思いつきでくり返され,無駄なストレスを子どもたちに与えることになる。

理論の部分を担うのは教育学である。教育学を研究しているのは主に大学などの研究機関である。現場に有効な理論を提供していかなければならないはずなのに,研究機関が単なる実践交流の場を提供しているのでは,研究機関の意味が無い。どうして上手く行くのか,どうして上手く行かないのかという理論と実践を結びつかせなければ,「感覚」根拠の実践が蔓延してしまう。

もちろん,「感覚」が鋭く,目の前の子どもたちに当てはまる実践をしている教師も多いのだが,実践をさまよい,右に左にぶれる実践を教師も少なくない。

逆に,理論が先立ち,頭でっかちで,目の前の子どもたちの現状を見ず,理論を押しつける実践をしてはいけない。現状に目をつぶってもいけない。

だから「往還」が重要なのである。

2017-07-16教育改革に必要なこと

[]教育改革に必要なこと 教育改革に必要なこと - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 教育改革に必要なこと - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 教育改革に必要なこと - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

これからの日本社会で,子どもたちが生きるために必要な資質能力を育てるための改革を盛り込んだ新学習指導要領を公示した。日本の教育改革の中で,最大のものだと言う人もいる。

この改革を実のあるものにしたいと思っている。県教委の「大学進学率アップ政策*1」に高校教師になってから,ずーっと疑問を持っていた私としては,「文科省はああいうけれど,現実はね。」という県教委や現場の大学進学至上主義により,いらぬ偏見や劣等感を持たされた子どもたちの何と多いことか。

大学合格に向かない,主体的,協同的,対話的な授業をおこない,音声言語表現活動を取り入れた国語授業をしていても,「そんなのは偏差値アップには何の効果もない。」と管理職に完全否定されたこともあった。さらに,大学進学至上教の信者の同僚から圧力をかけられ,自分の授業を「監視」されたこともあった。

シンガポール国立教育研究所長ウンセンタンさんの話*2では,シンガポールでエラボレーション学習法(カリキュラム・マネジメントや,アクティブ・ラーニングなど,教師が教え込む暗記法ではなく,学習者が過去の学習内容や,他の教科での内容と結びつけて考えていく学習法)を推進して行くに当たって,保護者からの「どうして教え込まないんですか?」というクレームに対して,きちんと政策を説明しているそうだ。

日本とシンガポールでは国の規模が違うから,このように対応できるとおっしゃっていたが,日本もこのくらいの意気込みでやらないと実のあるものにはならないだろう。

特に高校では,仮に校長がどんなに「主体的・対話的で深い学び」を進めようとしても,高い高い教科の壁,それより高い進路指導(〝大学〟進学指導?)の壁に阻まれる。「そんなことして大学進学率が落ちたらどうするんですか?」という壁だ。

「そんなのはどうでもいいんだ。重要なのは子ども一人一人の将来だ。」と腹をくくって説明出来るかどうかにかかっている。

*1:最近こそあまり聞かなくなったが,若いときは研修に行くと「新潟県の大学進学率は全国で○位です。もっと上げないと。」といつも聞かされた。

*2:19th OECD/Japan Seminar 2017/7/1

2017-07-13採用学

[]採用学 服部泰宏著 2016 採用学 服部泰宏著 2016 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 採用学 服部泰宏著 2016 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 採用学 服部泰宏著 2016 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

企業の採用の仕方が多種多様になっている。特に最近は働かせ方が問題になり,業界トップの企業も「ブラック企業」と簡単に指摘されるようになって来た。そうなると優秀な人材が集まってこない。そのために,バブル期のような大量応募でその中から一律の基準でトップの成績を上げた人から採用していくという今の大学入試のような採用の仕方では,

本当に企業に必要な人を見つけられない

ということがわかってきたのだ。ある基準で点数化して,トップから採用していくと,本当に自分の企業に必要な力を持っている人,自分の企業に合っている人(すぐにやめない人)などを不採用にしてしまうというのだ。

本の中でかなりのページ数を割いて紹介していた新潟の米菓企業「三幸製菓(株)」では,「新潟採用」,「おせんべい採用」,「カフェテリア採用」など,様々な窓口を設けて人を集めようとしている。様々な尺度で応募者を評価しようというのだ。

また

面接によるコミュニケーション力診断は曖昧

というエビデンスも示している。面接官の先入観が入ってしまうというのだ。就職には「コミュニケーション力」が大切と誰でも口にするが,その評価基準が曖昧だし,面接なんかでは正確なものは測れないという結果が出ている。

日本では採用学は遅れていて,その遅れの原因は,人事担当者が自分の人事での判断の評価システムが出来上がっていないというのだ。採用した人が優秀な人かそうで無いかは,その人が働き出して数年で結果がわかる。しかし,数年後にはその判断を下した人事担当者は人事に携わっていず,責任の所在もなく,フィードバックもなされないまま「感覚的」な採用をし続けているというのだ。

教員採用も同じなのかな?と思ったし,ましてや大学入試も同じである。上教大では,「本当に教員になりたい,向いている」という人を合格させているのか。大学入試改革に合わせて,どのように入試を変えるのか,考えなければならない。

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2017-07-10高田商業高校に授業参観に行ってきました

[]高田商業高校に授業参観に行ってきました 高田商業高校に授業参観に行ってきました - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 高田商業高校に授業参観に行ってきました - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 高田商業高校に授業参観に行ってきました - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

先日高田商業高校の校長先生と懇談を持つ機会があり,校長先生が「いつでも授業参観に来てほしい。私はいつでもどんな先生の授業でも連絡なしで観に行っています。先生方も慣れてきて,それを当たり前に受け取ってくれている。」とおっしゃっていた。

それならということで,懇談会の次の日連絡をして,今日院生2名を連れて授業を観に行った。

前勤務校以外で,授業参観を受け入れてくれた高校は初めてだった。特別なことをやっているのを見るのではなく,いつもの授業を観に行く意義は大きい。特に,これから教師になろうという院生さんを連れて行くことで,「いつもの学校の雰囲気」に触れさせることができる。彼らはその「いつもの学校の雰囲気」に包まれて仕事をしていくんだから。

この仕事に就いてから,いろんな高校の校長先生と話して,「授業改革が必至」という感覚を持っているが,ほとんどの校長先生は「何から手を付けて行けばいいか……。」,「高校では難しい。」,「教員の意識改革が難しくて……。」ということをおっしゃる。

私が思うに,高田商業高校では,授業改革を「授業はいつ,誰に見せてもいいものだ」と教員に思ってもらうという意識改革から始めているのだと思う。

高校教員時代,私は知り合いになった先生で,いい授業をしているという噂のある方の授業を積極的に観に行った。その先生は決まって言う。「いつもやっている普通の授業をいつも通りにやるだけです。いいところも悪いところもみんな見てください。」と。それを真似て,私もいつもそのように言うようにしていた。

授業を観る視点は,どんな授業プランなのかということと同時に,子どもたちはどう反応しているのかというところだ。普段のいつも通りの授業での子どもたちの反応を観ることで,その先生のいつもの教室文化,授業文化を観ることができる。そして,「いつでも観に来てください。」と言ってくれる先生の授業文化は,すばらしい。子どもたちが学びに向かう文化を創り上げている。これは特別にしつらえた教材や,授業プランでは現れないものだ。

高田商業高校の校長先生は,学習者とは別の存在の第3者から観られるという意識を授業者に持たせることで,意識改革を図っているのだと思う。立派な,構えた授業をさせようというのではなく,自分の授業を客観的に観察する視点を持たせることだけでも,授業改善になる。

特に,いい子たちがたくさんいる学校の場合,授業に対する不満を厳しく指摘したり,態度で示す学習者はあまりいず,つまらない授業でも学習者が我慢して,授業者がその不満に気づかず,授業改善に繋がらない場合がある。

私は高校教員だった時,授業を何とかしなければ,どうしようもない学校に赴任してから,ようやく授業改善という意識が生まれた。にらみをきかせたり,成績をちらつかせて行儀良くさせようとしても,それは全く効果がなかったのだ。

新潟の高校のすべての先生が「いつでも,どんな授業でも観に来てください。」と言えるようになれば,きっと教育の質が格段に上がると思う。

高田商業高校は13年前の私の勤務校だ。上越教育大学大学院にいた2年間在職していたのだが,授業もさせてもらい,研究をした学校だ。13年ぶりに訪れて,非常に懐かしかった。当時も今もとてもいい学校である。

2017-07-07アメリカンゴッズ

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久しぶりにはまるドラマを見つけた。アメリカ制作のネットドラマなのだが,AmazonPrimeで見られる。

伊集院光がラジオで「なんだかわからないドラマ」という紹介をして,ネット上では賛否両論だということで知った。観進めていくと,これはすごいドラマだという評価と,わからないままだという評価に別れているということだ。

町山智浩さんがラジオで,「実はこれは忘れ去られようとする神と今狂信されている神との戦いのドラマなんだ。」と解説した。なるほど,それがわかると,登場人物のすべての言動が象徴ということになってくる。

この言動は何を表しているのか?ということを読み取りながら観進めていくと,どんどん面白くなる。

刑務所から出たての主人公はウエンズデイという老人に雇われないか?と持ちかけられる。初めは飛行機の中で。次はバーで。神出鬼没のウエンズデイを気味悪がるが,就職を斡旋していた友人が突然死に,就職口を探さなければならない主人公は,ウエンズデイの話に耳をかたむける。

自分のボディーガードと運転手と雑用をしてくれればいいというのだ。ウエンズデイはいろんな人のところを訪れ,一緒についてきてくれと頼む。力を貸してくれと頼む。主人公はその相手が誰かもわからずウエンズデイに協力しようとする。

ウエンズデイが警察に捕まらず,銀行強盗をすると言い出す。警察に捕まらなかったら俺のことを信じてくれるか?と持ちかける。そのためには雪を降らせてもらわなければならないから,お前は雪が降ることだけを頭の中でイメージしろと言う。主人公がイメージしていると急に大雪が降り出し,銀行強盗が成功する。

雪を降らせたことを信じるか信じないかはお前次第だ。世界が変えられると思うかどうかはお前次第なんだとウエンズデイは言う。

ここまでが第3話だ。現在8話まで観られるのだが,面白すぎるから,ゆっくり観ることにしよう。

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