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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
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2016-12-16国語教職実習(詩)

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上越に転職して自動車通勤をするようになった。去年までの5年間は通勤は自転車かバスだったので,雪道を運転するなんて久しぶりだった。

朝起きて,通勤するとき,自動車のエンジンをかけて,積もった雪を下ろして,という作業,めちゃめちゃ懐かしいと思った。長岡に住んでいたときは毎日そうやっていたなぁ。

新潟のマンションに越してから,そういえば,自動車は屋根付き車庫に入れていたから,寒い中,凍りついた雪をガリガリやりながらフロントガラスを見えるようにするなんていう作業は,全くやっていなかった。

道もわだちになって,のろのろ運転だ。幸い朝渋滞になるような通りは通らないので,いつも通りに通勤できる。ラッキーだった。

もっと降るのかなぁ?と思ってしまう。でも,豪雪地帯の六日町に約10年,長岡に4年くらい住んでいたけれど,雪ががんがん降るのを見るのは好きだ。うんざりしたことはなかった。ワクワクしたりした。雪で嫌な思いはたくさんしたけれど,遠出する時でなければ,「もっと降れ!」と思ってしまう。もちろん,アパートに住んでいて,雪下ろしはしなくてよかったし,駐車場も除雪がされていたからなんだろうけれど。

夜中,目が覚めたときに窓から外を見て降っているのを確認して「ふふふ」と思ってしまうのは,小さな時と変わらない。



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国語は小学校1年生から受けている教科だから,大学生が授業を考えるとなると,今まで受けてきた授業の流れを無批判的に踏襲してしまう。

その活動にどんな意味があるのかを考えずにやり,「今までそうだったから」,「みんながそうだから」ということで,無意味な活動の連続にしてしまう。

音読一つさせるにも意味がある。全体での音読,ばらばらでの音読,立って音読,交替しながら音読と,それぞれに意味がある。しかし,その意味を考えないままやらせては,効果も何もない。学習者が効果が出ない行動をしても,教師がスルーしてしまい,活動して終わりとなる。

詩の一部分をブランクにして,その内容を「当てる」という授業プランをした場合,そのブランク部分の内容を考えることで,何を考えさせるのかという意図を持ち合わせていないと,単なるクイズになる。結局当てずっぽとなり「読み取り」に結びつかない。そして学習者はいろいろと出して,教師は「答えはないから……。」とお茶を濁す。いやいや,答えはあるでしょう?

詩の一部分をブランクにする場合,多くは詩の最終部分の単語にする。どうしてそこにするのか?と問うた場合「そこが一番重要そうだから」と答えが返ってくるが,詩としては重要なのかもしれないが,「問い」として重要とは限らない。そこを考えてほしい。

それに,ブランクにして教材として成り立つ詩と成り立たない詩があるということにも気付いてほしい。「文脈」から類推できる詩のブランク化は成り立つが,類推できないものは単なるクイズとなってしまう。

個人的には詩(だけではなく,全ての文章も)ブランクにしてそこを考えさせる問いは嫌いだ。作者に対して失礼だと思う*1

「知識問題」ではなく,小学生でも,大学生でも深く考える課題として出てきたものは「作者は何を伝えたいか。」という安易なものだった。ここに何の読み取りもない。「あなたの感想は何ですか?」と聞いて,それを出し合って,それで終わりじゃあ,国語の時間じゃなくてもいいでしょ?友達同士で映画を観に行って,そのあとお茶しながら感想を言い合うのは国語の時間にすることじゃない。

そして最後には伝家の宝刀「答えは一つじゃないから。」

言い換えれば,それまでそういう国語の授業を受けてきたということになる。国語の授業を仕事として受け持つまでに,国語とは何なのかをちゃんと考えてほしい。

そこで,次のような授業プランを考えた。

  1. 今まで受けてきた国語の授業の流れ(音読,ワークシート記入など)をピックアップする。
  2. それぞれにどんな意味があったのかを考える。
  3. 意味が思いつかないものは取りやめていいか考える。
  4. 一編の詩の全ての語に関して,ブランクにした場合,教材化できるかどうかを検討し,ブランクを変えることによって,読み取るものがどう変化するかを考える。
  5. そもそも,ブランクにしなければその読み取りが成立しないか考える。

*1:個人の意見で,全ての効果を証明するわけではありません。