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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
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2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2016-09-24究極の美とは

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卒業した大学の学部が主催する学会に顔を出した。新潟大学人文学部国語国文学会だった。去年まで同僚だった人が学会発表するし,大学時代にお世話になった先生が講演会を開くので,久しぶりに行ってみた。

といっても,これまではほとんど勤務校の文化祭の日とかぶっていたので,ほぼ5年ぶりの参加だ。前任校の文化祭に顔を出して,久しぶりに生徒たちと会って,その足で新潟大学に出かけた。

元同僚の学会発表には間に合わなかった。講演会は近代文学についてで,「谷崎潤一郎と三島由紀夫」というタイトルだった。

文学というのは芸術である。2人の作家はもちろん「美」を追求して作品を描く。講演会では,登場人物自身の肉体に「美」を追求する2つの作品を比較して論じていた。

文学という芸術は他の芸術とは全く異質なものだと聞いていて思いついた。他の芸術は消滅するという前提で作品を造る。物理的なものは全て時間とともに消滅する。音楽は最も消滅する時間が短い。再生する頻度も高いけど。

彫刻はなるべく消滅しないように,劣化の遅い素材で造ったりするが,必ず消滅する。何千年も残っているものもあるが,永遠に存在することはない。

谷崎潤一郎「黄金の死」と三島由紀夫「禁色」も,「美」を求めて,肉体に「美」を求めるが,結局のところ「死」によって美が消える。逆説的にいうと,消滅するから「美」となると言える。

文学というのは,他と全く違うというのは,文学というのは劣化しない。テキスト,または文字コードというのは永遠に劣化しない。「本」は劣化するが,例えば,インクジェットプリンターで印字した三島由紀夫の「禁色」の作品的価値と,三島由紀夫が原稿用紙に手書きした「禁色」の作品的価値は違うのかというと,同じであるはずだ。「手書き原稿」という希少さに価値を見いだす人もいるが,それは「文学的価値」とは違うものだ。

どんなにコピーしても作品価値は劣化しない。または,記録媒体が劣化したとしても,そこに記録されている文字,文章,作品というのは劣化しない。

それを読める人間の存在が無くなれば,価値は無くなるのだが,それは他の美術作品もおなじだろう。「美」と感じる存在がいなくなれば,「美」は無くなる。

つまり,消滅を前提としている「芸術」を造り,消滅と美は共存,裏表であるにもかかわらず,文学者は永遠の手段を使って美を追究する。ここに矛盾は感じないのだろうか?

矛盾を感じて己を滅する道を選ぶのだろうか?