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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
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2016-09-11終わりに向かって進んでいる

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この週末は,ノンフローになることばかり。アルビは負けるし,持病は悪化するし,掃除機は壊れるし……。

それでも,前任校の生徒が新潟市ジュニアオーケストラに入っていて,招待券をくれたので,りゅーとぴあまで聴きにいった。そうしたら,その同級生たちもたくさんいて,久しぶりに会えて嬉しかった。3月以来だもんなぁ。

生徒は高校3年生だから,このコンサートで卒団となる。最後のコンサートだ。なんだかんだ言って招待券をくれた生徒が毎年誘ってくれて,3年連続で聴きに来ている。

後ろに座っている同級生たちが,「このコンサートで最後だから,泣くかなぁ?」なんて囁いていた。そうか。このコンサートが終われば,彼女たちにとってこのオーケストラも終わりなんだ。曲を全て弾き終わればもう卒団なのか。と気づいた。

曲を弾き始めるということは,終わりに向かって進むということ。永遠に曲を弾き続けるということはできない。最後の曲はベートーベン「運命」だった。「運命」の楽曲を全部聴いたのは初めてだった。

そしてアンコールは「威風堂々」だった。そういえば,毎年「威風堂々」だったと思い出す。私の大好きな曲だ。私の前の席に招待してくれた生徒のお母さんが座っていた。「威風堂々」が始まったとたんハンカチで涙を拭いていた。私も胸が詰まった。本当にこの曲が終われば終わりなんだとお母さんもわかっている。小学校の頃からジュニアオーケストラに連れて行って,終わりを生徒といっしょに迎えている。

終わりが来るから始まらない方がいいのかというと,そんなことはない。終わりが来るから全てが美しくなる。

ふと,学校というのは終わりがあるからこそ,意味があるのではないか?と思った。期限が区切られているから意味がある。期限を区切ること,終わりを設定することで意味を見出せる。「意味を見出せたら終わり」なんていうことにしたら,学校は意味がなくなってくるんじゃないだろうか?と思った。

前任校はずっといたかった学校だったけれど,必ず終わりが来るから,自分で終わりを付けたといってもいい。

人生も,終わりがあるから,意味がある。でも,自分で終わりは付けないよ。


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そんなことをつらつら考えながら,持病もちょっとはよくなったし,天気も良かったので,徒歩で家まで帰った。信濃川のやすらぎ堤を歩き,そういえば,ここら辺で去年は映画を撮ったなぁとか,あそこの屋台でビール飲みたいなぁとか思いながら,運動不足解消のために散歩した。

駅南のフットサルコートまでたどり着いたら,私が去年までサッカースクールに入っていた時の内田コーチが片付けをしていた。イベントがあったそうだ。内田コーチに話しかけて,ああ,私のサッカースクールも転職とともに終わりにしたんだなぁと,しみじみ思った。

今日は教師としての立場と生徒としての立場の「終わり」を短時間で経験した日だったな。

bunbun-hbunbun-h2016/09/11 19:48「曲を弾き始めるということは,終わりに向かって進むということ。永遠に曲を弾き続けるということはできない」・・・う~ん、いいですねえ、そして、そのとおりですね。
それと、長女は中高が吹奏楽、大学がオケで、ずっと演奏を聴いてきたので、読んでてちょっとそれとダブりました。

F-KatagiriF-Katagiri2016/09/14 23:22bunnun さん、音楽って、当たり前のように聞いていますが、不思議な活動です。聞いているようで、今の一瞬しか聞いていないんですよね。