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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
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2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2012-06-11日常と非日常

[]日常と非日常 日常と非日常 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 日常と非日常 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 日常と非日常 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

新潟ではほとんどの高校でこの時期に体育祭がおこなわれる。私の勤務校でも先日おこなわれた。

体育祭は「非日常」である。子どもたちはこの「非日常」のために「日常」を削り、準備する。よく、「この熱意が勉強に向けられれば……。」なんていう職員や親がいるが、「日常」あっての「非日常」、「非日常」あっての「日常」である。どちらも重要だし、片方に熱意を注げる人は、もう片方への熱意も強いという経験則がある。

それはそうと、生徒にとって体育祭の行事のような「非日常」は、職員にとっても「非日常」なのかというと、そういうわけでもない。日々の指導はなんら「日常」と変わらないのである。日常に指導していることと、行事における指導とで矛盾があっては生徒は混乱するし、見透かされる。つまり、行事での指導も同じ指導でなければならないので、職員にとっては体育祭であろうとも「日常」なのである。当たり前だ。仕事なんだから。

ということで、体育祭があっても職員は「非日常」を経験することがない。学生時代は「非日常」は定期的に学校から与えられるものだが、社会人になると「非日常」は自分で見いださなければならない。結婚式なんかは、かなり大がかりな「非日常」なのだが、人生の内何度もやってくるものでもない。

だから、ある人にとっては祭なんだし、ある人にとってはスポーツの試合だったりする。私にとってはアルビレックス新潟ホームゲームなのだが、最近その「非日常」から目を背けたくなってしまうのが、悩みの種だ。