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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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2011-01-17手段と目標と目的

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今更ながらなのだが、頭の中の整理のため。

授業において、目的と目標を語るようにしている。手段はモラルに反しない限り何をしてもいいよと言う。

目的は誰にでも向かえるようなものを語っているつもりだ。クラスのどの子どもたちにも、いや、日本のどの子どもたちにも共通の目的、または共通になるであろう目的を語る。たとえば「つまらない大人にならないために((by佐野元春

「カッコイイ大人になる」ということ。))*1」。

この目的はある学校のある子どもたちだけが向かえる目的ではあってはならないと思う。それじゃあ「みんな」を求められない。

たとえばサッカーをしている子どもがいたとする。「大きくなったら何になるの?」「サッカー選手」。

この「サッカー選手」はこの子どもにとっては目的になっているかもしれないが、大きくなったらきっと目標になるだろう。その目的の向こうが見えてくるからだ。

「サッカー選手になったらどうするの?」「○○チームをJリーグで優勝させる。」「日本代表選手になる。」「日本代表になって日本をワールドカップベスト4に勝ち進ませる。」「ワールドカップで優勝させる。」……その先は?

このように目的と思われていたものが通過点である目標へと変化し、さらにその先の目的に向かう。上記の目的はサッカーをしている人にしかもてない目的であるが、学校において、それを目指している人たちが目指すであろう目的を教師が語るのがいのだろうか?

トップのプロスポーツ選手が語る目的は、ほぼ共通している。

見ている人を楽しませる。

見ている人に元気や勇気を与える

というものだ。これが目的になっている。決して自分の成績や、自分のチームのタイトルが目的とはなっていない。それらは目標に過ぎない。

「周りを楽しませる」「周りに元気や勇気を与える」というのは、トッププロ選手だけが目指すことだろうか?トッププロ選手だけができることだろうか?いや、私のような凡人にも目指すことができる。6歳の子どもから元気や勇気をもらうことはしばしばある。つまり、この目的は人間だったら誰でも目指すことができることだ。トップのプロスポーツ選手と私で、同じ目的を持つことができる。それぞれ道が違うから、目標も手段も違う。

そしてこれら目的は、追求しても追求し尽くせない目的だ。数値として計れないから、終わりがない。完璧がない。だから求め続けられるし、挫折もしてしまう。

曖昧模糊としたものだから、数値として表れるものを目標として設定する。それは当たり前のことだ。イチローに私は勇気をもらったが、数値に表れる記録があるからこそ、その偉大さを計れて、勇気をもらえたのだ。もちろん、そんな記録が無くても偉大な人であることは変わりない。

しかし、人間は易きに流れやすいので、数値を追い求め続けると、わかりやすい数値だけを追い求めることになってしまう。「目標の目的化」となり、そこにロマンは生まれない。勇気はもらえない。魅力のない目的となり、誰も追い求めなくなる。簡単に言えば、つまらない目的となってしまう。

目的と目標と手段。目的は人間共通(ちょっとでかすぎるかな?)、目標はその道を追い求める人たちに最適なもの、手段は人それぞれ自由にというのが、私が整理したこと。

*1:今の私だったら「めんどくさい大人になりたくない」かな?

motoryoumotoryou2011/01/23 09:31目的と目標。そうですね。小学生にも,話せばつたわりますよね。

F-KatagiriF-Katagiri2011/01/27 20:39大丈夫です。自分の子ども(小4)にも、「何のためか?」といつも問いかけています。