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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2010-09-02昨日の小学校からのプリント

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小4の長男が小学校からのプリントを持ってきた。そこには、「公開授業のお知らせ」ということで、息子のクラスで水落さん(id:Mizuochi)が授業をするという連絡があった。4年生の保護者宛に、希望者は参観できるので、希望用紙を提出してほしいというものだった。

早速名前を書いて長男に持たせた。保護者の立場から『学び合い』に関われるなんて、なんて幸せなことなんでしょう。水落さんが授業をするのは知っていたけれど、どうやれば正式に参観できるかな?と思っていたので、とてもタイムリーでした。

うちの長男のクラスには授業参観で何度も訪れているけれど、この授業で長男や他の友達がどう動くか楽しみ楽しみ。



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フォーラムに参加した方から以下のメールが来た。

こんばんは。○○高校の○○と申します。

先日は『学び合い』フォーラムに参加させていただき、ありがとうございました。

都合で2日目後半に参加できませんでしたが、有意義な研修をさせていただきました。早速フォーラム会場で手にした書籍を読み始めたところです。



不勉強ゆえの疑問点かもしれませんが、お尋ねしたく、お便りしています。

お手すきの時で構いませんので、お返事いただけたら幸いです。

・生徒に内在するレヴェル以上のものを求めたい場合、どうしたらよいか?(教えてもよいのか?)

私の中では、教授者である教員は、生徒の反応を予想しながら、生徒の場所まで降り、そこから一段高みに持ち上げるのが理想であると、漠然とイメージしていました。

フォーラムでは、専門家と半専門家、半専門家と素人、というように、隣接したレヴェルの生徒同士の交流が理解しやすい、と説明を受けました。やはり生徒同士の交流を、教員が越えることはできないのでしょうか?交流は「化学反応」だとも思うのですが・・・・・・。

後半、「教える」、「教えない」という話題になりましたが、肝心なところが聞けず残念です。読みのテンスやコードは「教え」てもいいのでしょうか?


・課題から派生する小さな課題がクリアできずに、そこにとどまって先にいけない生徒にはどのように対応したらよいですか?生徒同士の交流に任せておけばよいのでしょうか?



以下は僭越ながら、感想です。

特に古畑型の課題設定に関しては、自分の立場を明確化し、他者にわかるように表現するという点で、小論文につながるものを感じました。ただ、立論と表現技術に重点が置かれ、「読むこと」の比重が軽いのでは?と感じました。この点に関しては、「読むこと」を前提とした課題を設定するということで、クリアできるのかもしれません。

やはり課題設定が最重要「課題」ということになるのでしょうか。


学び合い』を実践したいという思いもあるのですが、躊躇しています。現在2年生の担任なのですが、各学年でクラス替えをしており、特にまとまっている感触もないので、わにゃわにゃとした空気になるのが予想されます。また、待つのが苦手なので(教員として致命的ですが)、黙って見守ることができるのだろうか、とも思います。


それに対して以下のように返信した。


先日はフォーラムに参加していただいて、ありがとうございました。いくつかの疑問にお答えいたします。

学び合い』は「子どもたちの力を信じている」というところから出発します。教師の力よりも子どもたちの力の方が上回る、期待以上のことをおこなえるということを知っているかどうかで、できるかどうかが決まります。※子ども「たち」というところがミソですが。

そうして、絶えず「みんなができる」ことを求めます。「1人が答えを知ったとしても、そんなことは意味がない、ここにいるクラスみんなができなければ、将来の日本はない」ぐらいの勢いで私は語ります。これが『学び合い』の考え方です。

そう考えると、われわれ教師がおこなうべきことはあまりなくなってきます。

例えば、勉強の意欲のある子は教師が何もしなくても勉強するし、勉強の意欲のない子は教師が何をしても勉強しません。この、勉強の意欲がない子を勉強させることができるのは「子どもたち」だけなんです。

こんな見方から疑問にお答えしていきます。


>

> ・生徒に内在するレヴェル以上のものを求めたい場合、どうしたらよいか?(教えてもよいのか?)

例えば、これは知識ということでしょうか?または技能ということでしょうか?

知識であれば教え込まなくてもプリントして配ればいいことですし、技能でしたら、訓練の時間を確保すればいいことです。できたかできないかがわかる課題を設定すればいいと思います。

生徒に内在するレベルを上げるのが学習なのであって、絶えずレベル以上のものを求めないと、学習の意味がありません。

また、「教えた」としても、レベルは上がらないというのが私の感覚です。子どもたちはわかったふりはしますが、レベルは上がっていないと思います。自分で調べて、自分で訓練することによりレベルは上がります。


>

> 私の中では、教授者である教員は、生徒の反応を予想しながら、生徒の場所まで降り、そこから一段高みに持ち上げるのが理想であると、漠然とイメージしていました。


これは、教師の方が上であるという考え方ですよね。まぁ、個々の子ども一人一人と比べると教師の方が上かも知れませんが、「子どもたち」の力でどこまで行けるのかというと、教師以上のところまで行けるはずです。しかし、「教師のレベルまで引き上げる」と考えると、子どもたちは教師を超えていくことができません。それでは成長は止まってしまいます。



> フォーラムでは、専門家と半専門家、半専門家と素人、というように、隣接したレヴェルの生徒同士の交流が理解しやすい、と説明を受けました。やはり生徒同士の交流を、教員が越えることはできないのでしょうか?交流は「化学反応」だとも思うのですが・・・・・・。

> 後半、「教える」、「教えない」という話題になりましたが、肝心なところが聞けず残念です。読みのテンスやコードは「教え」てもいいのでしょうか?

>


パネルディスカッションで私は「『学び合い』が教えないというのは誤りです。」と言いましたが、一番初めに書いた「子どもたちの力」を信じていて、それに基づいた教師の活動だったら何をしてもいいと思っています。しかし、だいたい「教える」というと、「子どもは何にも判らないから、教師が引っ張ってやらないと」という考えが含まれています。

私の場合は、怒るときは怒るし、答えを言うときは答えを言います。しかし『学び合い』の考え方の根本は忘れないようにしています。怒ったあとに後悔するときもあるし、答えを伝えたときに後悔するときもあります。または「必要だった」とふりかえるときもあります。

> ・課題から派生する小さな課題がクリアできずに、そこにとどまって先にいけない生徒にはどのように対応したらよいですか?生徒同士の交流に任せておけばよいのでしょうか?

他の子どもでクリアしている人はいるんじゃないでしょうか?その人を可視化すればいいと思います。


> 特に古畑型の課題設定に関しては、自分の立場を明確化し、他者にわかるように表現するという点で、小論文につながるものを感じました。ただ、立論と表現技術に重点が置かれ、「読むこと」の比重が軽いのでは?と感じました。この点に関しては、「読むこと」を前提とした課題を設定するということで、クリアできるの かもしれません。


短い文章で、読み手もそんなに時間をかけていられない場合(進路に関わる作文は特に)は、結論先型の方がいいと思います。じっくり読ませる時(高校生の作文では、ほとんどそういう機会はありませんが。)は、結論後型の方がいいのでしょう。


>

> 『学び合い』を実践したいという思いもあるのですが、躊躇しています。現在2年生の担任なのですが、各学年でクラス替えをしており、特にまとまっている感触もないので、わにゃわにゃとした空気になるのが予想されます。また、待つのが苦手なので(教員として致命的ですが)、黙って見守ることができるのだろうか、 とも思います。


学び合い』の考え方に納得できる方ならばどなたでもできますが、逆の考え方を持っている場合は、『学び合い』を方法としてしかとらえられず、却って収拾の付かない状態になります。子どもの成長をじっくり観察して、そのちょっとした変化に気づくことができるのが『学び合い』です。

まぁ、「待つ」のは我慢が必要ですが、それができるようになるとかなり余裕ができます。私も昔は一対一対応であっちに行ったりこっちに行ったりでしたが、『学び合い』を進めていって、クラス全体を見るようになりました。余裕を持てるようになりました。


学び合い』を知り始めた方の意見としてとても貴重だ。私の考えも整理できた。このようなビギナーの方から学ぶことはたくさんある。

alifeclubalifeclub2010/09/02 22:00いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。