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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2010-01-28[学び合い]『学び合い』に”学び合う”ことは必要なのか?

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こういう問いを提示しているということは、結論は「必ずしも必要ない」というものである。”学び合う”という言葉を今はいわゆる「教え合う」「交流する」「関わり合う」という他者との交流の意味で使う。

つまり、「他者との交流が無くても『学び合い』か?」ということであるが、もちろん『学び合い』である。他者との交流が無くて、何から学ぶのか?というと、自分からである。

「自分」には、「今の自分」「過去の自分」「未来の自分」がある。本当は「今の自分」しか「自分」とは言えないのかもしれない。「過去」「未来」はもう「他者」になっているのかもしれないが、そういう哲学的な考えはちょっと置いておいて、過去の自分から学ぶということは誰にでもあることである。

最近、2年生対象に作文のフォーマットについての課題を出した。もちろん、いろんな人との交流をして課題を作成するのだが、一方、たくさんの生徒が過去の自分の作文を見て、何を間違えたのか、同じ間違いを繰り返さないように学習している。これこそが「過去の自分」から学んでいることである。

「未来の自分」から学ぶこと、「未来の自分はどうなっていたいのか?」と将来を考え、そのために「今の自分」を変えること。これである。こんなことは誰でもやっていることだ。

学び合い』で「交流バンザイ!」と交流することがもてはやされるが、それだけが「学ぶ」ことではない。「今」「過去」「未来」が互いに交流することによって、「学び」が成立しているのである。人間は何からでも学べる。相手が教えようとしなくても学べるし、無機物からも学べる。過去の偉人からも学べるし、未来の子どもからも学べる。それらを全てひっくるめて『学び合い』なのだ。