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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2009-06-17不安感・不足感

[]不安感・不足感 不安感・不足感 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 不安感・不足感 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 不安感・不足感 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

学び合い』をしていると、課題を達成する過程でとてつもない思考(例:文学研究をしている大学生並みのやりとり)をしているなといつも感心させられる。きっとこれを突き詰めていけば、大学卒業論文並みの論文になるんだろうなぁと思ったりする。(少なくとも私が大学生の時は、そんレベルまで考えることはなかった。)

しかし、一瞬で現れて、一瞬で消えていく。それを記録し、記憶し、情報が集積されていくことはない。なぜなら、その思考のすごさに周りはあまり気づかないし、そもそも、目の前の課題完成にとっては、それほど重要でない場合が多いからだ。

消えていった(広まっていかない)思考(情報)を蓄積していけば、『学び合い』の確固たる手ごたえを感じながら教師は授業ができるんだろうなぁと思うが、それは教師の仕事なのか?とも思う。子どもたちは目の前で充実した学びをしているし、うんうんうなって、課題に取り組んでいる。『学び合い』の効果はここにあるじゃないか!と思うのだが、物足りなさも感じる。

逆に教師主導で思考の道筋に子供の思考を当てはめていく授業では、「今日はここまで喋った!」という充実感はあり、「きっとここまで子どもたちは分かったはずだ。」という思い込みのもと、偽りの満足感で、次を求めなくなる。実際子どもたちが分かったかどうかは『学び合い』と比較のしようがないし、ある基準で比較できたとしても、きっと大差はないのではないかと思われる。

仮に、結果は同じ程度だったらやっぱり『学び合い』の方が過程が充実しているから、そっちの方がいいに決まっていると、自分に言い聞かせているのは、何か不安感があるから何だろうなぁ。