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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
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2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2009-03-31「入れ物」を大きくすること

[][]「入れ物」を大きくすること 「入れ物」を大きくすること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 「入れ物」を大きくすること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 「入れ物」を大きくすること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

授業で何をすべきなのか?「おもしろい」コンテンツを教師が提供するのではなく、子どもたちが「おもしろさ」を自ら見つけていく授業とはどういうものなのか?

「入れ物」を大きくすることだと思う。単純に考えれば、子どもたちは「入れ物」が小さく、大人の方が大きい。「入れ物」とは「つながり」であり、「語彙」であり、「視点」であったりする。それらを増やすことを目的にし、その大きくなった「入れ物」に何を入れるかは子どもたちに任せる。「入れ物」が大きくなれば、入れられるものは大きくなる。どんどん入れば子どもたちも「おもしろさ」を感じるようになるだろう。

「詰め込み」という比喩表現の対義的な表現として考えてみました。

そう考えてみると、朝の読書がどうして子どもたちに受け入れられているのかがわかる。朝の読書の4原則は

毎日

みんなで

好きな本を

ただ読むだけ

というものだ。朝の読書の「枠」しか書いていない。その中でどんな物を読むか、子どもたちに任されている。朝の読書は子どもたちの「入れ物」を大きくするが、「入れ物」に入れるコンテンツは限定していない。

そこにいろんなひねり技をかけようとすると、朝の読書は崩壊していく。これは他の教育活動にも通じることなんだろうなぁ。

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今日は旧3学年の送別会。3年間一緒だったある副任の先生が転勤する。送別会を開こうという名目で、実は新潟市内で飲もうというものだ。本当は私が送られる側だったのかもしれないが、そちらの立場に立てなかったので、幹事をしています。

酒量をひかえながら夜遅くまで飲みますか〜。

[][]教師の資質 教師の資質 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師の資質 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 教師の資質 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

池田さんの記事とそれに答える西川先生の記事を読んで、「人格の完成」について考えてみました。

教育は人格の完成を目指すものであるが、未だかつて完成された人格をもっている人はいないという矛盾をはらんでいます。教師自体も人格が完成している人間ではないのだけれど、教え子に人格の完成を喚起します。矛盾しているようですが、それが教育です。

なぜ教師は自分が人格的に完成していないにもかかわらず、子どもたちにそれを求められるのかというと、「自分が人格的に完成していない」ということをわかっているからです。どうしてわかっているのかというと、自分もかつて先生に人格の完成を目指して研鑽せよと求められ、自分もそれを目指したからです。目指しているから「完成していない」ということがわかる。

教育や師弟関係というのは、すべてそういうものだと思っています(ほとんど内田樹先生の受け売りですが)。

「自分は完全で、子どもたちは未熟で、子どもたちは自分に付き従って来ればいいんだ。」という人は「先生」にはなれません。なぜなら、子どもたちは「あなたは完全ではない」ということをすぐに見抜くからです。完全な人間はどこにもいないから、すぐにボロが出ます。ついている嘘があっけなくばれる人に付き従っていこうとは思いません。さらに言えば、自分が嘘をついているということさえも気づかない人に付いていこうとも思いません。だから言うことも聞かなくなります。

「かつて私はこれを教えられ、今も目指している。だからみんなも目指そう。」と言った方が、深みがありそうです。深みがある方が子どもたちは言うことを聞くと思いませんか?

言葉に関して言えば、「人格の完成を目指す」という言葉よりも「人格の陶冶*1をする」という言葉を使う方が私はしっくりいって好きです。


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長男(4月から小3)が、2年生の集大成として「私ものがたり」というものを学校で作った。自分が生まれてから、今までを写真やインタビュー記事や、感想などを盛り込んで1冊の本にするというものだ。

そこに私への手紙があったので先日読んだ。その中にこんな文章があった。

いろいろぼくのことを考えてくれてありがとう。ゲームがほしいぼくに、ゲームを手に入れられるようにゲームを考えてくれてありがとう。お父さんのwiiを使わせてくれてありがとう。

読んで「こんなふうに捉えてくれるのか」と思った。長男がゲームがほしいと言いだして、「それじゃあ、朝食を20分以内に食べて、連続20日続いたら、wiiを買ってあげよう」なんていうミッションを出した。結局できなかったんだけれど、私からすればキットで達成できないミッションだから、「ちょっと意地悪だったかな?」なんて思ったのだが、「ありがとう」なんて言われると、罪悪感を感じる。

ゲーム機をプレゼントして完全に子どものものにしちゃうと「何でぼくのものなのにしちゃいけないの?」なんて言い出すかもしれないから、「私のゲーム機をやらせてあげる。」という形にした。これも「意地悪かな?」なんて思うのだが、「貸してくれてありがとう」なんて言われると、ちょっと罪悪感を感じる。

息子よ、親の策略なんだよ。

*1:とうや 生まれついた性質や才能を鍛えて練り上げること。

jun24kawajun24kawa2009/03/31 11:09私の教師の定義は「自分の出来ないことを人に求める職業」です。あははは