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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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2009-03-18戦略

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内田樹著「街場の教育論」に以下の記述がある

人間のパフォーマンスというのは、課題が「一度はできたこと」であるか「一度もできなかったこと」であるかによって、大きく変わる」(P147)

だから、教師が言うべきことは一つだけです。それは、孔子の場合と同じく、遠い目をして、「かつて学校と言うところがすばらしく機能していた時代があった」ということです。教師が深く敬され、子どもたちが目を輝かせて知的な興奮に身を震わせていた時代が時代がかつてはあった、と。それが今は失われた。だから、それを再構築しなければならない。(P148)

私が朝の読書の普及に熱心だった頃、「これは今までに全くなかった教育活動です。」といろんなところで話していたが、それは戦略上間違っていたんだなぁと思った。

内田先生はさらにこう付け加えます。

はっきり言いますけれど、実は、学校というのはどの時代であれ一度として正しく機能したことなんかないのです。(P149)

実際、自分が子どもだった頃、学校はあんまりいいところだとは思わなかったけれど、卒業して30年以上経った小学校はなんだかノスタルジーとともに「いいところ」と思えてきます。「かつてはよかったものがあった」と本気で思えてきます。それでいいんだろうなぁと思うのです。

つまり、「かつてはあったが今は失われた。だから、かつてできたことは今もできるはずだ。」という戦略が適しているんだろうなと思います。

自分の経験を元に、「自分の受けてきた授業は一斉授業の知識注入型の授業だったけれど、子どもたちは授業以外のところで学びあっていた。だからかつては学び合う土壌が学校にはあったんだ。」と言い切ることで、「その復活を!」なんて語ればいいのかなぁ?なんて思ってきます。

教育の歴史で今で言う『学び合い』が活発になされていた時代(地域限定でも)を見つけ出すことも戦略上必要なのかな?なんて思います。教育の歴史を探ってみる必要があります。

街場の教育論街場の教育論
内田 樹

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shinji-akasakashinji-akasaka2009/03/19 21:19飛行機の中で夢中で読みました。すごい本ですね。ところで話は変わりますが、先日の京都の会で「『学び合い』は高校でもできるか」と質問を受けたので、片桐さんのご著書とブログを紹介しておきました。

F-KatagiriF-Katagiri2009/03/20 06:27赤坂さんコメントありがとうございます。「街場の教育論」ひとつひとつ肯ける本ですよね。「下流志向」からバージョンアップという感じです。

著書のご紹介ありがとうございました。
pomieさん(http://manabiai.g.hatena.ne.jp/pomie/)も高校の数学で『学び合い』をしています。今度はそちらもご紹介ください。

kenro223kenro2232009/03/28 07:44「その復活を!」、同感です。4年生のクラスや、顧問をする水泳部(4,5年)で「学び合い」を始めてから、子供達が仲良くなり、今まで以上によく外で遊ぶようになりました。それを遠くから見ていて、「これって、40年前の自分の小学生のころの姿に似ているな」と感じていました。教師が出過ぎることによって個に分断されていた子供達が結びついて、「昔の子供」に戻って?いく。家庭や地域でも分断されている子供達に、学校特に授業で結びつく機会を与える「学び合い」は有意義です。
内田樹氏の著書とブログの読者で、私と「学び合い」に出会わせてくれたのは、片桐さんです。高崎に行く車中で読んでいたのは、「学び合う国語」と「私家版・ユダヤ文化論」(再読)でした。

F-KatagiriF-Katagiri2009/03/28 09:03kenroさん、コメントありがとうございます。
内田先生の著書を読むと、近年は「個性化」という名の「個別化」教育が進み、個に分断することが積極的におこなわれたそうです。政治・経済・教育レベルで。家族を解体すれば、それぞれが必要な物資を消費し、経済が活発になるということです。

教育現場でよく言われる「一人で考えなさい。」「家から出て自分の可能性を試しなさい。」という言葉は実はそういう背景があるんでしょう。

私は『学び合い』を直観的に「これだ!」と思って受け入れたのですが、内田先生の論理を読むと一つ一つ論理的に理念的に『学び合い』の必要性を納得してしまうから不思議です。