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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
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2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2008-08-22『学び合い』盲信の危険性

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フォーラムの公開ゼミで「朝の読書は『学び合い』だ!」ということを主張しました。朝の読書にずいぶん昔から取り組んできて、今に至りますが、その結論はこれも『学び合い』であるということです。共通点が多いのです。ですので、『学び合い』の具現化したものが「朝の読書」と思っております。

朝の読書もそうだったのですが、「朝の読書をやりさえすればよい」という考え方の人がたくさんいます。朝10分読書の時間を設ければ、教師は何もしなくても子どもたちは本を読み、落ち着き、遅刻が無くなる……。でも、そんなことはあり得ません。

学び合い』もそうです。課題を設定し「さあやれ」と言って、教師は何もしなくても『学び合い』になるのかというと、そんなことはありません。

学び合い』を絶対に受け入れようとしない人もいますが、まだ実践してはいないのに、盲信する人もいます。盲信して実践して、失敗する人もいます。得てして若い人に多いです。なぜこのようなことがおこるのか、考えてみました。

若き実践者は子どもとの距離感をまだつかめない人が多い。ここで、『学び合い』を盲信すると、生徒との距離感をぐーっと離してしまうんじゃないでしょうか?「『学び合い』は子どもとの関わりを避ける」と捉えてしまうからです。

子どもとの距離感が離れてしまうと、子どもは「先生は、何をやっているのか分からない。」という不信感に陥り、どうもうまく行かないんじゃないか?と思うのです。

極端な例で考えると、いわゆる「熱血教師」は、子どもとの距離感をぐぐーっと縮めます。縮まれば、「先生はこういうことを考えている。」と子どもたちに分かるようになる。信頼関係は生まれる。という構造になります。(しかし、この場合は近づきすぎて、子ども同士の関係は疎遠になる可能性が高い。)

若き実践者はここに気がつかない。なぜなら子どもとの距離感は文字化が難しいことであり、『学び合い』に必要な「近い距離を我慢して離す」なんてのは、なかなか説明できないことだから、文字情報として伝えられないのです。(つまり、『学び合い』関連の本やブログに書けないこと、書いても伝わらないことなのです。)

もちろん、失敗することでそれに気づくのだし、私だって若い頃は「距離感」なんて全く分からず、子どもに近づこうとしたり、離れようとしたり、試行錯誤して今の立ち位置を見つけました。だから若い実践者が失敗して苦労しているのを「かわいそう」なんては思いません。「頑張れ」と思います。

学び合い』という考え方に全てをゆだねるのではなく、人と人が関わって教育が生まれるのだから、教師として、人間として、目の前の生徒に接しなければ、『学び合い』は生じないと思うのです。

西川先生のおっしゃる「教師としての直感が正しい」というのは、そこなんじゃないかな?と思うのです。

jun24kawajun24kawa2008/08/23 06:45なるほど、と思いました。

nokogirisounokogirisou2008/08/23 22:07「人と人が関わって教育が生まれるのだから、教師として、人間として、目の前の生徒に接しなければ、『学び合い』は生じないと思うのです。」というところに共感しました。人間関係を結ぶところからしか学び合いは出発しないと私は思っています。

F-KatagiriF-Katagiri2008/08/24 06:01西川先生、コメントありがとうございます。また、メモで取り上げていただいてありがとうございました。

nokogirisouさん、『学び合い』を方法で捉えがちになってしまうのは、この点がおろそかになっているからなのかな?と思うのです。

tomkicktomkick2008/08/24 19:25F-Katagiri様
>子どもとの距離感は文字化が難しいことであり、『学び合い』に必要な「近い距離を我慢して離す」なんてのは、なかなか説明できないことだから、文字情報として伝えられないのです。

これは本当にその通りだと思いました。経験を積んだ先生は,『学び合い』の考え方と同時に子どもとの付き合い方という「技術」(というとダメなのかな?)を持っているように感じました。これはすでに暗黙知かされているからか,言語化しにくいのだと思います。
この部分を伝えていかないと,『学び合い』という方法は,だれでも簡単に教育できるととらえられてしまうのではないかなぁと考えてしまいます。うがちすぎですかね?

F-KatagiriF-Katagiri2008/08/25 09:53tomkickさん、コメントありがとうございました。
人との距離感というのは、誰もが生きていく上で身につけていくものなのですが、学校という比較的閉鎖的な社会にひたっていると、子どもも教師も身につけたものがはがれていくのかもしれません。

このところ、2008/08/25の記事に書いてみます。