上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
研究室ページ katagiri-lab
niagara@cocoa.ocn.ne.jp
教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
http://manabiai.jimdo.com
2008-06-18人生の折り返し地点
■ [雑記]雑音

私はまわりがうるさいと仕事ができない。「うるさい」と言っても音量ではない。1人の声でも、はっきりと聞こえる場合はそれが雑音となってしまう。だからその時はイヤフォンをして音楽を聴く。他の人は気にならないのかな?
今日の内田先生のブログでおもしろいことが書かれていた。
これをもとに考えてみると、大きな音楽は仕事のじゃまにならないのに、人の話し声はじゃまになる。私の場合は仕事を言語脳でやっていて、人の話し声が聞こえると言語脳が混乱するからなのだろうか?竹内まりやの音楽をガンガンかけてもそれは音楽として聞こえるので、仕事にはじゃまにならないのかな?
まぁ、現実には私にとってじゃまになる声の人と、じゃまにならない声の人と、2通りいるのだけれど。
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私は教師として38年勤められるとすると、今年から復路・・・ということを意識していました。よいタイミングで学び合いに出会えた!と思っているところです。
私も似たような感じで、38年間、持ち上がりで担任したとして、出会うのは19学級の子どもたちでしょ。たった19なんだなあと、新しい学級に出会う度に思います。
しかも、子ども時代って人生の宝物じゃないですか。そんなことを時々、ふっと考えますよ。結構、まじめなもので・・・(笑)
私もあと担任を何回もてるかと考えると、3年間持ち上がりだとして3〜4回なんだろうなぁと思います。
今まで子どもたちから学んだことを次の子どもたちに恩返しをしないといけないんだな〜としみじみ思っています。
前受けもった子どもたち、「ごめん」。