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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,2019/11/2〜4に長野県でおこないます。
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2008-05-01「下流志向」を読む①学びの運動

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「下流志向」(内田樹著・講談社)を再読しています。『学び合い』を考える上で重要な記述が以前一読したときにあった気がしたからです。

子どもが母国語を修得する過程を例にとり、以下のように記述していた。

 学びのプロセスに投じられた子どもは、すでに習い始めている。すでに学びの中に巻き込まれてしまっているのでなければならないのです。

 子どもは学習の主権的で自由な主体であるのではありません。

(中略)

 まず、学びがあり、その運動に巻き込まれているうちに、「学びの運動に巻き込まれつつあるものとしての主体」というしかたで事後的に学びの主体は成立してくる。

(P.64)

なるほどなと思いました。母国語を習得するときに「どうしてこれを学ぶ必要があるのか?」と聞く子どもはいません。気がついたら学んでいたのです。学びに「巻き込まれて」います。

学び合い』は文化であり、文化を創り出し、継承する手助けをするのが教師の仕事です。その文化ができれば、そこにいる子どもは「学びの運動に巻き込まれる」ことになります。

これこそ「本来の学び」のはずです。学びのスイッチをオンにしたり、オフにしたりということは、本来ならあり得ないことだったはずです。オフのしかたを修得させたのは、われわれ大人なんだろうなと思います。

過去の自分の授業を省みて反省しています。