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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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2007-09-11音読すること

[]音読すること 音読すること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 音読すること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 音読すること - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

音読することは曖昧さが許されない行為である。

日本語を黙読する場合では、音読できなくても、漢字によって意味が理解できることがほとんどで、私の場合読書している数%弱は読めない漢字があり、そのままにしている。そのままにしていても、何ら問題はない。そのうちその読めない漢字が何度か出てきて、たまにルビが振ってある。そこで読めるようになった漢字は多い。「躓く」なんてのがそうだ。

授業で音読をする場合、あいまいにはできない(はずだ)。読めなければ「読めない」と自分で分かるからだ。しかし「読めた」と自分で思う(または無理に勘違いする)場合もある。

熟語の場合多くが《音読み》+《音読み》なのだが、《訓読み》+《音読み》で読めたと思う子どもが多い。こういうことって、子どもたちはどこで身につけていくのだろうか?考えてみれば、《音読み》と《訓読み》の違いって、どうやってわかるんだろう?大抵は送り仮名があるかどうかで判別できるが、《音読み》+「する」なんていう場合、「する」が送り仮名かどうかなんて、なかなか判別できない。結局「慣れ」としか言いようがない。

と、いろいろ書いてきたが、音読するには、かなり高度な能力技術があるということだ。しかもその技術一朝一夕に修得できるものではない。しかしそれらを身につけていない子どもが多いので、授業で修得のきっかけを作るしかない。

昔から音読は大事だとは何となく思っていたが、だんだんその大事さが分かるようになってきた。(遅いか?)

miyoshiyukikomiyoshiyukiko2007/09/13 23:11二学期から、毎日詩や教材の音読をしています。効果は上がるかな??と、様子を見ているところです。