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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2007-07-12「引き受ける」ということ

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仕事をしているといろんな仕事を押しつけられたり、引き受けたりする。仕事だから当たり前である。仕事を配分する人もいれば、仕事を請ける人もいる。配分するか、請けるかはその仕事によって交代する。どちらの立場にもなるということだ。

しかしいったん引き受けたのだったら、それはその人の責任で完成するのが「仕事」というものだ。「自分のところではできないからやっぱりお願いします。」と配分した人のところにもどすのはどうかと思う。

なぜなら配分した人は、それを任せることにより、他の部分のことを考えたり、他のところに手を回したりできるのに、配分したそのままが返ってくると計画が狂ってくる。

いったん引き受けたらどんな手を使おうとも、完成させるのが「プロ」というものではないか?

私は配分する立場になるときも、請け負う立場になるときもあるが、配分する立場になっていったん任せたら、その人の能力を信じて任せたんだから、できあがりに対して一切文句を言わない。なぜなら、請け負った人が、配分する立場の人の顔色を気にしていたら、配分する人の予想を上回る仕事は期待できないからだ。

もし、ひどく低いレベルのできだったら、次からその人に仕事をお願いしないだけだ。(「教育」する必要が無い場合。)

というか、「お願いする」「お願いされる」ということではない。「自分に何ができるかを見つけて、それをする。」というのが『学び合い』の根本じゃないか?

根本から違っていると、その結果は間違ったものになってしまう。「自分に何ができるか」を考えられない場合は、何もしない方がいいのかもしれない。