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Pay it Forward , By gones 片桐史裕 このページをアンテナに追加 RSSフィード

上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を勤めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,
2019/11/2〜4に長野県でおこないます。→長野の会は中止になりました。
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2007-03-13師という存在

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係分掌が変わって学校の部屋の引っ越しをするので、机の中やらなんやらを整理していたら、昔の学校での生徒からの手紙写真やらがいろいろ出てきた。

懐かしいと同時に、この頃はこんなのをいろいろもらっていなぁと思った。

最近は全くというほどそういうものはもらっていない。当時は若くて人気があったのかなぁ?なんて思うけど、考えてみれば当時はバリバリプチスパルタだったような気がする。

部活動でも授業でも、「練習しないものは部活に来るな!授業の予習してこないのは許さない!」なんて感じだった。生徒のやることなすことはこちらでレールを敷き、それに沿ってやらせていた。

それに対して感謝する生徒もいれば、反発する生徒もいた。当たり前のことだ。もちろん、手紙をくれた生徒は、私のやり方を受けいれた人だ。しかし、それだけをみて、「昔は良かった」とは思わない。

今の自分と昔の自分と、どちらがいい教師かというと、今の自分だと断言できる。当時は、伸ばした生徒もいたと思うが、それ以上につぶした生徒もいた(と思う。誰も何も言ってこないので……)。

「自分がこれだけのことをやって、自分がこれだけこの生徒を伸ばして、生徒にこれだけ感謝してもらった。」なんてことで満足していたらいい教師にはなれない。

大切なのは、生徒に「自分でこれだけやれた!」と思ってもらうことなんだろうなぁ。「自分でこれだけやれた」と思うから、その生徒は誰にも感謝はしないだろう。

仏教の説話で、こんな話があります(かなりうろ覚え)。

ある時大きな荷物をひいて、坂を登っている男がいた。

なかなか登り切れず、もう少しで登り切れるところで立ち往生していた。

そこで仏(だったかな?)がそっと荷台を押してやった。その男は自分が頑張って上れたと思い、喜んだ。

仏がある人に「自分が助けてやったことを教えないのですか?」と聞いたら、仏は、「そんなことは必要ない。自分が感謝されるよりも、彼が自信を持ったことの方が重要なんだ。」と言ったそうです。

かといって、私に誰も感謝してこないから、自分がいい教師だということじゃないんだけど……。

お、逆にいうと、私は「私でやっている」と思って誰にも感謝の品を贈っていないけど、実は「私でやっている」と思わせられているということだ。感謝の品は贈らないけど、感謝しています>誰にでしょう?

jun24kawajun24kawa2007/03/13 21:58私が心に大事にしている格言
カリスマ教師のクラスは、クラス会はしない
だって、クラス会はクラスのみんなに会いたいクラスしかしないから。
教師に合いたいクラスは、クラス会をしません。
クラス会を子どもが企画・実行し、邪魔にならない程度に呼ばれるクラス会が
毎年、毎月ある教師が本当に凄い教師

MizuochiMizuochi2007/03/13 22:45katagiriさん
大村はまの著書に、上記の仏教の説話にそっくりなのがありますね!?

F-KatagiriF-Katagiri2007/03/14 09:13クラス会……1回しか開いてもらっていないなぁ。

そうか。大村はまさんの著書に書いてあったのを読んだのか。教えてもらってありがとうございます。

OB1989OB19892007/03/14 13:36
いつも,じっくりと読ませてもらって,心に響いています。