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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2016年3月まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。
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教室『学び合い』フォーラム
第15回(2019年)《海》,《山》は
2019/8/3〜4に福岡県,2019/11/2〜4に長野県でおこないます。
manabiainu
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2019-06-15ネット情報の功罪

[]ネット情報の功罪 ネット情報の功罪 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - ネット情報の功罪 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 ネット情報の功罪 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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SNSで流れてくる情報は,偏っているなぁと最近思う。偏っている原因は主に自分にあるのだけれど。

フォローしてる人から,面白い情報や,面白い情報のリンクが流れてくるから,とてもためになる。一方,読んでいて不快な情報はブロックする。この人と合わないな,と思う人のフォローを外すなどをしてしまうから,自分にとって嫌な情報は流れてこない。

特にFacebookは,実際に会ったことがある人で,どういう人かわかる人としか繋がっていないから,少なくとも私とはソリの合わない人ではない(と思う)。だから,不快な情報は流れてこない。「不快」というのは,罵詈雑言とか,嫌がらせとかそういうことじゃなくて,自分の思想信条に反することを賞賛する情報だ。

だから,必然的に,Facebookを読んでいると,いつも同じ人の情報に触れるということになる。Facebookはそういうものと割り切ることにしている。

一方,最近Twitterを再開した(といっても,また,チェックするようになった程度)ので,いろんな情報が飛び込んでくる。そこには,私の思想信条と反することも流れてくる。雑多だ。嫌な情報もあるのだが,世の中そういうものだというように,Twitterを捉えることにした。

いやいや,Facebook,Twitterというネット内の閉じられた世界だけが「世の中」なんて思っていては危険だ。ネットの闇がどんどん拡大していると思える昨今,ダークサイドに陥らない勇気を持っていなければならない。ネットでの評価よりも,半径数十メートル(私が物理的に移動すれば,必然的にエリアは広がる)の評価の方が大切だよ,人間は。それくらいしか私は「現実」として把握できない。

2019-06-13かわら亭

[]かわら亭 かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 かわら亭 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

夏のホームサウナとしたかわら亭には,毎週通っている。

今日は職場から出るのがいつもよりちょっと遅くなったが,ちょうどいい時間帯で,入浴者は数えるほどしかいなかった。ここに自動車で来ると,駐車場にはたくさん自動車が駐まっているのだが,風呂にはあんまり人がいないことが多い。宴会に来ている人が多いと思われる。

サウナ内で喋る人もうなる人もいなかったし,水風呂も空いていたし,ととのったし,最高のサウナ体験だった。

水風呂にずーっとつかっていると,体の芯まで冷えてきて,聴覚が研ぎすまされて,水が流れる音が急に大きく聞こえてくる。じつは体が危険を知らせているのか?とも思う。そうなったら,石庭の石に腰掛けて休憩する。玉砂利が足の裏に心地いい。

今回は2回目が一番ととのい,3回目はそうでもなかった。そうでもなくても,最後の回の後に入る温泉が冷えた体を芯までじんじんと温めてくれて,これはこれでいいのだ。全身が一度にビリビリと痺れる感じは,他では体験できない。

あっという間に19時半になってしまった。

今日のととのい度→5 ☆☆☆☆☆

2019-06-12賞味期限のウソ

[]賞味期限のウソ 井出留美 幻冬舎 2016 賞味期限のウソ 井出留美 幻冬舎 2016 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 賞味期限のウソ 井出留美 幻冬舎 2016 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 賞味期限のウソ 井出留美 幻冬舎 2016 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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 日本の食品ロス量は,632万トン(2013年度,農林水産省調べ)。これは東京都民が1年間に食べている量とほぼ同等だそうです。

(中略)

 世界の食糧支援料は約320万トン(2014年)なので,日本は,世界全体で支援される食糧の2倍もの量を,日本国内だけで捨てているのです。

p.108

日本の食品ロス量は,ハンパない状態ということは,昔から知ってはいたが,どうしてそんなことが起こっているのか,この本を読んでよくわかった。誰も食品なんて捨ててもいいものだ,なんて思ってはいないのだが,日本の食品流通システム,異常なまでの健康志向などがそれを必然的に生んでいる。

スーパーに欠品を出すと食品メーカーはペナルティーを受けるそうだ。だから,消費量以上の供給をしなければならない。だから必ず食品ロスが出るシステムになってしまう。

賞味期限と消費期限の違いもわからず,賞味期限が1時間でも過ぎると廃棄してしまう。

コンビニでは賞味期限に近い食品を割り引いて販売することが「禁止」されているところもある。

リスク回避のために,フードバンクが広まらない。

そんなことも知らずに,テレビで食品を粗末に扱うシーンが出ると,「もったいない」と,目くじらを立ててクレームを言う視聴者がいるそうな。そのテレビでダメにしている食品の量と,自分が廃棄している,もしくは自分が原因でダメにしている食品の量を比較したことなんて全くない。そういう人に限って,スーパーで賞味期限が遅いものを選んで買おうとしている。多く買えば1個当たりの単価が安くなる野菜を買って,余ったからといって捨てている。

日本の食品ロス量の約半分が家庭から出ているということも驚く事実だ。

私の最近のマイブームは,月曜日にスーパーに行き,1週間で食べるものを買う。そして月曜日から金曜日で使い切ること。ほぼパズルゲームのようになっている。ちょと余ったら冷凍したりして次の週には使うように心がける。金曜日にはアパートから,自分の家に帰るのだが,金曜日の朝には冷蔵庫に入っているのは,ほぼない。(ビールと炭酸水とバターとビアグラスぐらいだろうか?冷凍庫には冷凍食品があるけれど。)

購入量を失敗して,足りなくなった場合は,冷凍食品や缶詰で賄う。「今日は刺身をつまみにビールを飲みたい」となった場合は,スーパーで刺身は買う。週の途中で買うものは,その日に食べきるものだけだ。

食品ロスをするぐらいだったら,傷んでいても食べきって腹を下してもいい,と立川談志がテレビで言っていた。去年修了した大学院生は,2年間部屋に冷蔵庫がなかったそうだ。それでも十分生きていける。いや,私は冷蔵庫にビールがないと生きていけないかも。(それも,その日に飲むビールはその日に買えばいいのかもしれない。)

賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか (幻冬舎新書)

2019-06-11愛がなんだ

[]愛がなんだ 愛がなんだ - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 愛がなんだ - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 愛がなんだ - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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町山智浩さんが最近観た日本の映画で勧めていたので観に行った。マイナーな映画そうだから,新潟でやっていても,シネウインドか,上越だったら数ヶ月語に高田世界館かな?と思ったら,今やっていた。新潟市ではイオンシネマ南だったし,なんと上越のジェイマックスシアターでやっていた。驚き。

今回,町山さんの印象と私の印象はちょっと違った。町山さんは成田凌演じる「マモちゃん」がとんでもないダメ男で,ひどすぎる,岸井ゆきの演じる「テルコ」がマモチャンの言うことをなんでも聞いて,献身的に尽くしている,なんていう解釈をしていたけれど,私は観て「そこまでマモちゃんはだめ人間じゃないんじゃないか?」と思ってしまった。

主人公の岸井ゆきのは,「まんぷく家族」でタカ役をしていた女優だ。そこでの役柄ではそれほど美人ではないんだけれど,父親や夫にはめちゃめちゃ可愛いと観られていた。「愛がなんだ」でも美人役としては出ていないんだけれど,「まんぷく家族」の時の印象とは違って,あるシーンではとても綺麗に見えてくる。そこがこの女優の魅力なんだろうと思う。門脇麦に通じるところがある。

さて,マモちゃんがそこまで悪い男ではないと思ったのは,自分の都合のいいときだけ女を呼び出す,ということは,それほど珍しいことでもないし,自分の部屋を勝手にいじられるのは嫌な気分だし,熱があって伏せっているときに,近くで風呂の掃除なんかされたら,そりゃ,追い出したくなるよ。ということ。つまり,マモちゃんだけがひどいのではなく,テルコもちょっとずれているのだ。そりゃあずっといると煙たがられるよな,とも思う。

この映画の面白いところは,5人の男女が出てくるのだが,みんながみんな勝手で,互いに「上手くいっていない」ということ。しかしその関係は切れてはいないし,そして相手に合わせて自分を変えようともしないこと(1人は自分を変えようとはしているのだが)。つまり5者5様の「エゴ」を描いているということなんだと思う。

その人の都合のいいように接して,呼ばれたときだけ行って,「自分なんかに声をかけてくれる」と有り難がっていたが,そういうことを続けると彼女がだめになるから,好きになるのをもうやめる,と打ち明けた男(テルコの友だちの友だち)に対して,テルコは愛が何だ,そんなの関係ない,と言う。「振り向いてくれないから諦めるって言え」と相手への思いやり=「愛」を真っ向から否定する。

テルコのしていることはなんだろう?テルコもその男と同じように都合のいい女になっているが,テルコはマモちゃんのためを思っていない。自分のためにマモちゃんを好きになっている。かといって自分の気持ちを相手に押しつけない。いつも一緒にいたいけれど,「出ていけ」と言われれば,出ていく。

不思議な台詞があった

どうしてまだマモちゃんになれないんだろう

テルコが目指している「愛」というのは,その人が喜ぶのを見て自分が喜ぶことではなく,その人自身になること,その人と一体化することということだろうか。

アイドルが好きで,そのアイドルと同じ格好をする。同じ行動を取る。神を信仰して,神と一体化したいと思い,命を絶つ。それと同じということなんだろうか?そこのところは本当にわからない。

「自分の欲求を抑えてでも,その人のために献身する」という方を一般的には「愛」という。「その人と一体化する」というのは「愛」とは読んでいない気がする。だから「愛がなんだ」というタイトルなのか?

2019-06-06短歌・俳句の授業デザイン

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今日の「中学校高等学校国語科授業づくり演習」では,短歌の授業デザインについて考えてみた。

短歌・俳句の授業はどのようなものにすればいいのか,見当が付かないというところから,今回の話題に選んだそうだ。以下,出た話題を列挙していく。

  • 教科書に掲載されている短歌・俳句は,最近のものは俵万智のものしかない。現代において短歌・俳句のニーズはあるんだろうか?
  • 教科書掲載の短歌・俳句を「古典」として学ぶのか,「現代に活きる言葉」として学ぶのか,よく分からないところがある。ニーズがなければ,特に,児童・生徒に「活きた言葉」として学ぶ必要が感じられなければ,「古典」を学ぶと同じことになるのだろうか?
  • 教科書にある「学習」を見ても,「区切れはどこか?」とか,「リズムを味わおう」とか,「それをやったらどんな意味があるの?」というモノばかりだ。区切れなんて読み取ったからといって,その短歌・俳句を読み取ったことになるのかな?
  • 先日扱った「詩」と同じように,表現なくして,短歌・俳句を学ぶ意味はないと思う。言葉に向き合うことで,短歌・俳句を読み取ることになる。
  • 「詩」のように,形式を指定して,創作してもらうとか?
  • 子どもに短歌を詠ませると,安易に「きれいだな」なんていう,イメージが湧かない語を使うから,そういうのを一切禁止して作らせるのも面白い。
  • 教科書をこう見てみると,そういう安易な形容詞的な言葉って使われていないのに気づくね。
  • 与謝野晶子の「うつくしきかな」ぐらいしかないよね。
  • 例えば「リズムを味わう」とか,「区切れはどこか?」とか,どういうものがあるのかを示しもしないで,「見つけよう」とか,「味わおう」とかさせているのがおかしい。例えば,音楽だったら「何分の何拍子」とか,「ワルツ」とか,「○ビート」とか,カテゴライズされていて,そこから来る雰囲気を味わわせるということをしているのに,国語では全くそういうことをしていない。教科書に書かれていない。
  • 教師の裁量に任されているということ?そんなら時感の無い先生は「これは初句切れ,覚えておけ。」として,それをテストに出して,短歌・俳句を学んだことにさせちゃう。
  • それから,短歌・俳句の表現方法として,例えば,長い時間の一部分を切り取った表現とか,断片的に表現したものとか,全体の一部分の表現とか,いろんな表現形式があるのに,それも体系化されていない。そんな表現形式も知らせないで創作させるから,「きれいだな」なんていう表現を使ってしまう。
  • そういうところから学べば,「シバリ」を付けて,創作させられるよね。子どもたちはそっちの方が面白いと思うし。
  • 「一瞬を切り取った」ということであれば,国語の授業ではなく,クラスの夏休みの宿題として,写真を1枚撮って,そこに俳句を付けて,メールで送ってもらったことがある。
  • 写真と俳句って親和性が高いよね。
  • 例えば,教科書に掲載されている短歌を題材に,それを表現する写真を1枚撮ってくるっていうのは?
  • なるほど,そうすれば,表現されている言葉に向き合うことになるよね。
  • 完全一致じゃなくても,この短歌のどこの部分を表したとか,説明させるといいんじゃないかな?
  • 論理国語と文学国語と分けられるみたいだけれど,文学って,論理的に読むよね。表現的には繋がっていないけれど,繋がっていない間に辻褄を付けて読んでいく。「論理」と「文学」なんて,分けられるものじゃないのに。
  • 以前,3人グループで,1人が初句を思い浮かべたら,2人目がそれに続く7音を付け,次の人が5音を付けるということをやったことがある。例えば1人目が「黒板に」なんて突然いったら,2人目が続けるといいうような。
  • 面白そう。
  • とっぴなものができたら,それに意味づけしていくというのがいいかもしれない。そこに解釈が生まれ,語と語の間を埋めていくような。
  • 将に俳句的。
  • そんなのやったら,その後にやっていた遠足で,山を歩いているときにやり出して,私も振られたことがある。先生,「山道を」に続けて,みたいな。
  • それ,面白い。
  • 昔の恋の歌のやりとりもそうだけれど,「即興性」って重要だよね。即興的にやるからこそ,とっぴなものも生まれて,そこに面白いものが出てくる。
  • 頭の体操になりそう。
  • 将に言葉に向き合う学びだよね。
  • 子どもって,しりとりみたいなことば遊びって好きだよね。これもきっと乗ってくると思う。
  • 「即興性」というのなら,ラップバトルがいいんじゃない?誰かラップバトルができる人いないかな?
  • 「詩のボクシング」ってあったじゃない?そこで「俳句のボクシング」なんてやるのもいいかも。即興的に五・七・五で詠んで,どっちがいいかジャッジしてもらうの。
  • いいね。やっぱり表現することを前提にすることで,短歌・俳句を読む意義が出てくると思う。

2019-06-05かわら亭

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今日はぺちゃくちゃ喋るおっさんたちもいず,適度に空いていてよかった。仕事帰りに行く時間帯がちょうどいいのかもしれない。もうちょっと遅いと家族連れでやってきて,子どもが騒ぐ時間帯になる。

かわら亭はなぜあれほど熱く感じるのか不思議だ。温度計を見ると90℃前後なのだが,1回目に6分間入っているのがかなりしんどい。熱すぎて。他のサウナではもっと温度計の針が高いところを指しているのに,ぬるい感じがしたりするのだが。

水ぶろも,気温が高くなってきて,真冬時の感じじゃなくなってきたが,十分冷たい。入っているとどんどん神経が研ぎすまされてきて,聴覚が敏感になってくるのが分かる。今日はそれほど風もなく外気浴もそよ風に当たって気持ちがよかった。

3ターン目では完全にととのった。頭の芯からじんじんしてきて,久しぶりの感覚だった。しかし,外気浴をするためには石庭の大きな石に裸で座っていなければならないので,きっと他の客は「何やってるんだ?」と思っている人も多いんだろうな。静かに座っているだけだからいいじゃん!と思ってしまう。

あそこに椅子を並べておいてくれると,最高のサウナ施設になるんだけれど,一長一短があるんだなぁ。

3ターン目のサウナの中では,外気浴でちょっと冷えているからだがだんだん温まってきて,全ての指先が何かふわふわしているものに包まれているような感じで,じんじんしていた。静電気が指から発しているような感じ。これも気持ちがよかった。休憩でととのい,その後のサウナ後でもととのう感じ,今年初の星5つだった。

今日のととのい度→5 ☆☆☆☆☆

全てが終わった後,温泉につかるのだが,露天風呂内を歩いているときに,下が見えず,つまずいてしまい腕をすりむいてしまった。残念。

2019-06-04英語教育の意味

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今日の「教科の特質に応じた見方・考え方を働かせる授業づくりの実践と課題」(それにしても長いタイトル)では,中学校学習指導要領(英語)解説を読み取った。いやぁ,とにかく分からない表現ばかりで,英語教育には疎い私にとっては,試行錯誤だった。

目標は

国語によるコミュニケーションにおける見方・考え方を働かせ,外国語による聞くこと,読むこと,話すこと,書くことの言語活動を通して,簡単な情報や考えなどを理解したり表現したり伝え合ったりするコミュニケーションを図る資質・能力を次の通り育成することを目指す。

と書かれてある。

英語科(学習指導要領では,「外国語科」だが,ほとんどの学校で英語教育が行われているので,以降,「英語」と表記していく)の目標だが,つまり,英語でコミュニケーションを図れるようになることが目標なのかな?と最初読み取った。

しかし,「コミュニケーションにおける見方・考え方」って何だろう?コミュニケーションにおいて,見方,考え方は含まれているのだろうか?例えば,「社会科」の見方考え方だったら,「公民としての見方・考え方」や,「民主的見方・考え方」と言い表すこともできる。しかし,「コミュニケーションにおける見方・考え方」って全く意味が分からない。どなたか教えてほしい。

「ある見方・考え方に沿ったコミュニケーション」だったら,意味が通る。「威圧的コミュニケーション」や,「協働的コミュニケーション」,「同調的コミュニケーション」などだ。コミュニケーションの仕方には必ず意図が反映される。

キーワードである「見方・考え方」を無理矢理ひっつけたような気がした。また,他の解説の部分でも,「いや,それって「言語活動」の説明であって,英語の説明じゃなくてもいいよね?」という所が多い。

しかし,「英語における見方・考え方」であるならば,話は別だ。学習指導要領では,そこまで言っているのだろうか?「言語の檻」という言葉があるが,英語という言語によって見えるものも学ばせたいという意図だろうか?英語を学ぶことにより,日本語では見えない部分が見えるようになる,というのだったらよくわかる。

受講生がピンときていなかったようなので,以下の例を出してみた。

It is sunny today.

It is obvius that Jim laves Mary.

Keep off the grass.

どれも英語独特の表現で,日本語にはあまりない文構造だ。形式主語「It」なんて,日本語で喋っている人には感覚的には分からないものだ。一説にはヨーロッパには絶対神がいて,それを「It」で表しているという。日本語では「今日は晴れている」と表し,主語なんてないようなものだが,英語では必ず主語を書く。常に「それ」を意識するようになっている。

言語が先か,思想が先かという問題はあるのだが,エクリチュール的な考え方でいうと,言語によって思想が規定されているということになる。つまり,極論で,英語を学べば,英語の裏にある文化,思想も学ぶことになる。日本語の「言語の檻」から脱出できるということになる。

あと4〜5年もすれば,持っているスマートフォンを相手のスマートフォンとブルートゥースで接続して,リアルタイムで翻訳機能を使えるようになると思っている。オリンピックには間に合わないかもしれないが,自分がスマホに向かってしゃべると,相手のスマホに自国語での翻訳が表示されるのだ。または,音声で流れてもいい。新たなガジェットを使わなくても,アプリで対応できるはず。いや,ネットを介してやれば,今でもできるのかもしれない。

そんな世の中になった時,必要な英語教育って何だろう?通常会話はスマホを介してできる。海外旅行に行ったとき,それを持っていけば事足りる。「いや,人間は直接コミュニケーション取らなければ」とか,「気持ちが伝わらない」とか,言う人がいるけれど,今現在,英語ができなくて,そんな会話もしようと思えない日本人が大多数なんだから,そのツールができれば,コミュニケーションを取ってみようという気持ちになるだけいいのでは?と思う。

英語教育を十数年受けてきて,本当にコミュニケーションを取りたい相手が,英語文化圏の人じゃなかった場合,十数年かけて学んだ英語教育は,どのように活きるのか?という命題を立ててみると,「英語教育の意味」が見えてくるような気がする。

自分はこの人とコミュニケーションを取りたい。しかし,相手は英語は通じない。そんな時にどんな力を付けるべきか?

  • 言語を使っている以上,相手とは必ず言語でコミュニケーションが取れるはずだ。
  • 自分の文化と違う文化は当たり前のようにあるのだから,違和感があったとしても拒否してはいけない。
  • 言語を使っている以上,相手もコミュニケーションを取りたいと思っているはずだ。
  • 挨拶というものが必ずあるはずだ。
  • 自分たちの見方・考え方と違う見方・考え方というものが必ずあり,そこには相互理解できない部分があるかもしれないが,拒否してはいけない。

とか,思いつきで書いたのだけれど,これらのように,「英語を身に付けることによって,何を学ぶか?」ということを突き詰めていくことにより,英語教育の意味が見えてくる気がした。

そんなことを議論しているうちに,2017年の映画メッセージを思い出した。宇宙人が突如地球にやって来て,米菓「ばかうけ」みたいな宇宙船を空中に浮かばせておくんだが,言語学者がなんとか相手とコミュニケーションを取ろうと試行錯誤する。

そこで発揮できる力を身に付けるのが「英語教育の意味」なんだろうといいう結論になった。

2019-06-03時代考証

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「なつぞら」は今,1950〜1960年あたりなのだが,ちょっと気になったなつの言葉がある。これって,その当時では言わないよね?というものだ。

社長の宣伝もすごい面白かったです

今だったら若者が当たり前に言う言葉だが,当時からこんな言葉遣いがあったのだろうか?「すごく面白かったです」じゃないかな?とても気になる。

それから,「けど」という語も多用されている。これは,最近の言葉遣いじゃないかな?とも思っていたが,実は関西ではよく使われている語のようだ。しかし,この当時の関東で使われていたかは疑問だ。

といっても,ソースは私の連ドラ視聴経験のみで,「けど」が気になったのは「わろてんか」だったのだが,実はそれ以前の「カーネーション」でも,使われていたということが判明。関西では当時から使われていたのか?しかし,関東では使われていなかったような気がする。知らんけど。

2019-06-02美術館に次男と行く

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中3の次男と新潟市立美術館に行った。天気もいいし,次男は珍しく部活動も塾もない日曜日だったので,どこかに出かけようと思ったのだが,手頃なイベントもないし,結局家から片道40分を歩いて,新潟市美術館に行った。

インポッシブル・アーキテクチャーということで,建てられなかった建築物の企画展があった。コンペに落ちたとか,予算が足りなかったとか,空想上の建築物とか,いろんな理由で実現しなかった(していない)建築物の設計図や模型が展示されている。新国立競技場のぽしゃった計画の模型もあった。

次男はそれほど興味を示していなかった。常設展は絵ばかりなのだったが,あんまりじっくり観ないで椅子に座っていた。

普通の中学生だから,美術館の絵をじっくり見入ることもないのはわかっている。しかし,中学時代に美術館に入って絵を見たことがあるという経験には意味があるのかな?と思った。私なんて中学時代に「館」と名の付いたものには,「水族館」くらいしか入ったことがなかったかもしれない。

新潟市立美術館は中学生以下は無料だ。その無料の意味は,「そういう経験をしておく」ということなんだろうなと思った。中学時代にわからななくても,絵を見た経験が,きっと大人になって,「美術館に行こう」という気を起こしてくれるだろう,という意味だ。それは「きっと中学生には分からないだろう」と思われる古典芸能を学校の芸術館紹介で見せたりすることにも通じるところがある。私にとって,能,狂言などは,50歳くらいになって,なんとなくその良さが分かってきた。

最近は何でも「すぐに言語化したり,数値化できるものがよいものだ。」という風潮がある。何でもかんでも「説明」できなければ,予算が削られる,世に認められないものとなっている。説明しても相手が納得できなければ「価値のないもの」とされる風潮がある。これって恐いことで,説明できない,納得させられないものは存在しなくてもいいということだ。

「ずっと後になって価値が分かる」というものが生まれてこないことになる。日本の古典文学なんて,そんな危機に陥っているのかもしれない。しかし,若い人に古典文学を「強制的にでも」学ばせる意味はある。それを学んだことで,学んだ後30年後に意味が分かるなんていうことはざらにあるということを,世の即時的利益優先主義者には分かってほしいというか,その人たちには分からないんだろうな,と思った。

家路への40分間,行きと同じように次男といろんな話をした。自分が死んだら,こういう風に葬ってね,なんて,美術館帰りだから話せたのかもしれない。次男は,自分はこういうのがいいな,なんて返してきた。不思議な会話になった。「5,000兆円手に入ったら,水上都市を造ろう」と次男が話題にしてきた。美術館であの展示を見なかったら,そんな話題は出なかったのは確実だ。

2019-05-29鵜の浜人魚館

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今年の新規開拓サウナ8件目。検索で今まで全くヒットしなかったが,なぜかたまたまヒットして,いってみた。自動車で30分圏内のサウナには行き尽くした感がある。といっても,サウナがあればいいということではなく,水ぶろがあるかどうかで行くかどうかを決める。鵜の浜人魚館のホームページには,水ぶろの写真はなかったが,説明にはあったので,行くことにした。「人魚伝説」もちょっと気になっていたので。

行ってみて,こんな大きい施設があるなんて,全く分からなかった。いつも近くの道路は通るんだけれど。食堂とプールも併設している施設だった。風呂は温泉で,黄色がかったお湯の色だった。

さて,サウナは,写真にはマットが敷いてあるが,実際に入って見ると敷いていない。ということは,入った人の汗が木材に染みこんでいるということだ。そのせいで,入るとムッとする匂いを感じる。ちょっと履き古したスニーカーの匂いに似ている。それでも3分ほど中にいれば,気にならなくなるほどの匂いだ。

最初に入ったときは,ぬるく感じた。ここもぬるいのかぁ!とがっかりしたのだが,2回目は十分熱かった。インターバルを置いてヒーターが稼働していて温度調節をしているんだろうけれど,ヒーターが稼働している時には98℃くらいになる。ぬるいと感じたときは91℃くらいだった。この温度差はどうにかしてほしい。

サウナ室内は,照明が明るいが,テレビがないというのがよい。浴室内のBGM(落ち着いたオルゴールの音)がかすかに聞こえてきて,雰囲気としてはいい。匂いは何とかしてほしいなぁ。

水ぶろは狭く,大人2人でいっぱいだ。それほど冷たくはない。しかも,循環しているのかどうか,水が足されているのかどうかちょっとわからない。水の中に浮いている白いものは湯ノ花なのか,垢なのか,これもよくわからない。温泉だったら湯ノ花なんだろうけれど,水ぶろはどこの水なんだろう?ちょっといやな感じ。

休憩ベンチはないのだが,浴室内に不思議な腰掛け場所がある。これは腰掛けるために作られたのか?タイル張りで作られていて,座るところは白木である。

露天風呂があるので,外気浴でも,と思ったが,座るところがない。露天風呂の縁に腰掛けて,足だけ湯につけていた。海からのちょっと強い風が,最近気温が高いせいで,心地よく感じる。これはこれで休憩の方法としては効果的なのかもしれない。空いていたからできるやり方だけれど。

水ぶろがぬるいせいで,それほどととのわなかったが,夜はいつもよりもぐっすり眠れた。サウナ効果,ハンパねぇ。

今日のととのい度→1 ☆★★★★


さて,人魚伝説とは何なのか,サウナの帰りに人魚伝説の碑を訪れていた。いつも新潟市に帰るときに立て看板があって気になっていたのだ。入って見ると,公園ではなく,本当に碑が立っているもので,どんな伝説なのか?と思ったら,以下のようなものだった。

母1人子1人で暮らしていた男性には,母親の認めた許嫁がいた。しかし,佐渡から来たという美しい女性と浮気をし,毎夜その女性と海辺の常夜灯の下で逢瀬をくり返していた。母親が「1日くらいは出かけないでいても罰は当たらないでしょう。」と引き留め,その夜は家にいた。次の日その女性の髪を振り乱した遺体が浜にあった。男も後追い自殺をした。

あれ?人魚は?

佐渡から来た女は人魚だったのか?よく分からない伝説が,碑の近くの看板に書かれていた。