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上越教育大学教職大学院准教授片桐史裕です。
2015年度まで27年間新潟県の高校国語教師を務めていました。
映画のことや,教職のことについて書いています。

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niagara@cocoa.ocn.ne.jp

教室『学び合い』フォーラム
第13回(2017年)は関西地区でおこないます。
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2016-09-29新潟経営大へ

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新潟中央高校時代の最後の担任の教え子が新潟経営大に行っている縁があって,新潟経営大で教職大学院の説明会ができないかあたってみた。

教職担当の先生が快く引き受けてくれて,説明会を開いてもらった。学生さん4名だったけれど,みんな熱心に聞いてくれた。その中の1人は大学院進学を考えているらしく,説明の後質問に来てくれた。

自分で交渉して開いた初めての説明会だった。新潟県内の大学を開拓していかないとだなぁと思った。みんなあんまり教職大学院のことを知ってもらっていない。どんな活動をしているのか,内容も知られていない。

先日,○○大学教育学部の学生から勉強している内容を聞いたけれど,それって教員になるのに,そんなにためになる勉強なの?ということをしていた。もっと授業展開や,子ども理解の勉強をした方がいいんじゃないの?と思ってしまった。

教育学部では教材理解も大切だろうけれど,同じウエイトで子ども理解の勉強もした方がいいと思うのだ。

教職大学院や,学部の教職デザインコースではそれができるはず。

2016-09-24究極の美とは

[]究極の美とは 究極の美とは - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 究極の美とは - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 究極の美とは - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

卒業した大学の学部が主催する学会に顔を出した。新潟大学人文学部国語国文学会だった。去年まで同僚だった人が学会発表するし,大学時代にお世話になった先生が講演会を開くので,久しぶりに行ってみた。

といっても,これまではほとんど勤務校の文化祭の日とかぶっていたので,ほぼ5年ぶりの参加だ。前任校の文化祭に顔を出して,久しぶりに生徒たちと会って,その足で新潟大学に出かけた。

元同僚の学会発表には間に合わなかった。講演会は近代文学についてで,「谷崎潤一郎と三島由紀夫」というタイトルだった。

文学というのは芸術である。2人の作家はもちろん「美」を追求して作品を描く。講演会では,登場人物自身の肉体に「美」を追求する2つの作品を比較して論じていた。

文学という芸術は他の芸術とは全く異質なものだと聞いていて思いついた。他の芸術は消滅するという前提で作品を造る。物理的なものは全て時間とともに消滅する。音楽は最も消滅する時間が短い。再生する頻度も高いけど。

彫刻はなるべく消滅しないように,劣化の遅い素材で造ったりするが,必ず消滅する。何千年も残っているものもあるが,永遠に存在することはない。

谷崎潤一郎「黄金の死」と三島由紀夫「禁色」も,「美」を求めて,肉体に「美」を求めるが,結局のところ「死」によって美が消える。逆説的にいうと,消滅するから「美」となると言える。

文学というのは,他と全く違うというのは,文学というのは劣化しない。テキスト,または文字コードというのは永遠に劣化しない。「本」は劣化するが,例えば,インクジェットプリンターで印字した三島由紀夫の「禁色」の作品的価値と,三島由紀夫が原稿用紙に手書きした「禁色」の作品的価値は違うのかというと,同じであるはずだ。「手書き原稿」という希少さに価値を見いだす人もいるが,それは「文学的価値」とは違うものだ。

どんなにコピーしても作品価値は劣化しない。または,記録媒体が劣化したとしても,そこに記録されている文字,文章,作品というのは劣化しない。

それを読める人間の存在が無くなれば,価値は無くなるのだが,それは他の美術作品もおなじだろう。「美」と感じる存在がいなくなれば,「美」は無くなる。

つまり,消滅を前提としている「芸術」を造り,消滅と美は共存,裏表であるにもかかわらず,文学者は永遠の手段を使って美を追究する。ここに矛盾は感じないのだろうか?

矛盾を感じて己を滅する道を選ぶのだろうか?

2016-09-22大人の休日倶楽部

[]大人の休日倶楽部 大人の休日倶楽部 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 大人の休日倶楽部 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 大人の休日倶楽部 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

大人の休日倶楽部に入ったのは,えちごツーデイパスで,大人の休日倶楽部員は1,660円になるから。お,これで高田から新潟に帰れば,安上がりだぞ!この割引だったら,大人の休日倶楽部費を払っても元が取れると思ったから。

ところが,大人の休日倶楽部用のツーデイパスは期間限定で,秋の機関誌か使えなかった。往復200㎞以上だったら5%割引になる特典もあるけれど,トクだ値を使えば,もっと割引になる。

まぁ,せっかく割り引き期間になったからえちごツーデイパスを買って,9:10高田発の快速電車に乗った。

高速バスは2,000円で帰れるが,当たり前ながらずーっと高速道路であんまり景色の変化と乗客の変化がない。列車は海を見られたり,田園風景を見られたりと変化があるし,乗客の変化がある。

長岡まではがらがらだが,長岡を過ぎるとたくさん載ってくる。三条を過ぎると若い人たちがたくさん乗って,立って乗る人もいる。それまでボックス席で私の前には人は座らなかったが,三条を過ぎるぐらいになるとぎゅうぎゅう詰めになる。そうなるとバスよりも窮屈になる。

快速電車だからしょうがないが,370円安いから,まぁ,しょうがないかと思う。

高速バスは目的地まで遊びなく,任務を遂行するようなもの。WindowsPCのようなものであり,列車は,いろんなバリエーションがあり,遊びも仕事も余裕があるようなMacのようなものと勝手に思ったりする。

ずーっとTBSラジオ「伊集院光とラジオと」をradikoで聞きながら行った。ちょっと「大人の休日」って感じだったなぁ。

2016-09-20教師という仕事

[]教師という仕事 教師という仕事 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 教師という仕事 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 教師という仕事 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

大学教員を始めて,わかったことがある。この仕事は研究者と教師という別の仕事を同時にしなければならないということだ。

教師の仕事は,研究をしなくてもよい。研修はしなければならないが,研修というのはより良い教師になるためにある。ところが,研究というのは(自分が)より良い教師になるためにするのではない。研究はもう既に自分はわかっていることを世に広めることだ。まぁ,それはいいとして。

高校教師時代,「結果」というものはあまり意識しなかった良い「過程」が必ず良い「結果」を生むと思っていた。良い結果を生んだかどうかは生徒が卒業後5〜30年くらいでわかってくるが,現実問題として全ての結果がフィードバックされることはない。

どこの進路を選べたのかなんていうことに目くじら立てて拘る人もたくさんいるが,今の世の中,進路が将来の幸せを保障しないのは明らかなことだ。

だから教師は結果がどうなるかわからないが,今目の前の子どもたちにいろんな手を尽くして活動させる。いっしょに活動する。先日いっしょに飲んで話した高校の先生が,こんなことを言っていた。

生徒たちといっしょにテントを建てることが仕事なんだから,不思議な仕事だよね。

そう。いっしょにやることで,子どもたちは何かを学ぶ。もちろんテントの建て方は学ぶが,テントの建て方を教えているわけではない。どうやれば協力して効率よくテントが建てられるのかを学び,協力の仕方も学ぶのだ。

この子どもたちは将来テント建て職人になるわけではない。何かを協力して力を合わせて作っていく仕事をしていくのだ。

大学に就職すると,こういう部分の仕事ががっつりと減ってしまったから,調子が狂っているんだろうなぁ。

2016-09-18学習者の学びをどの程度まで把握しているか

[]学習者の学びをどの程度まで把握しているか 学習者の学びをどの程度まで把握しているか - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 学習者の学びをどの程度まで把握しているか - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 学習者の学びをどの程度まで把握しているか - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

実習生の授業を参観する機会が最近になってとても増えた。もちろん教育実習期間だからだ。参観していると,あー,この実習生は学習者はここまでしかわかっていないから,こんな問いかけをしなければならないと思っているんだな,とわかる。

簡単にいえば,レールを敷いてそこを走らせようという授業だ。

教師は学習者の学びをどの程度まで把握しているのかというのは,授業プランを作る上で大切なことになる。例えば,

過去の助動詞「き」の活用表を黒板に書いて,文法問題をプリントにして配り解かせる

という活動をおこなった時,教師は

学習者は自分で過去の助動詞「き」の活用表の活用表を文法書から見つけることができない,もしくは時間がかかるから,手っ取り早く黒板に示して置いた方がいい

という学びの把握がある。さてその把握は正しいのか?またはあるべき学びを引き起こすプランなのか?ということを検証できるようになりたい。

教師は「時間内に収めなければ」という強迫観念のもと授業プランを立ててしまう。そうするから,学習が作業的になり,プリント学習だったら穴さえ埋めればいいということになり,教師は穴が埋められているから学習が進んでいると思ってしまう。作業進行と学びの深度は違うが,同じということにしてしまう。

授業実習だが,これは今の思いつきで,もっといい案を考えなければならない。

  1. 15分程度の授業案を考える。授業案はその15分で完結するようなもの,問題演習や調べ学習のようなもの。
  2. 授業案をグループでそれぞれ検討し,ツッコミを入れて行く。例:「この板書計画は,この内容を書かないと学習者がわからないということだね。」とか
  3. ツッコミを再検討し,授業者が学習者の学びの実態をどの程度に設定しているのかということを明らかにする。
  4. その結果,授業者が説明しなくてもいいこと,示さなくてもいい情報をそぎ落として授業案を再構築していく。

まだまだ曖昧なところがあるけれど,ワークシートやら授業実習プランを再検討して,これからやっていきたい。

2016-09-16都立両国高校授業見学

[]都立両国高校授業見学 都立両国高校授業見学 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 都立両国高校授業見学 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 都立両国高校授業見学 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

国語で知り合いがいるので,お願いしたら引き受けてくれた。知り合いの先生の授業をずっと前から見学したかった。教室『学び合い』フォーラムで講座を持った時に参加して,その時から授業に参加したかった。

また,

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか

という本が出版されて,いい機会だと思ってお願いした。

なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか
なぜ「教えない授業」が学力を伸ばすのか山本 崇雄

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学校に入って,とてもいい意味で,固定化された高校文化を壊しているというか,意識的に壊しているということでは無く,「学校って,これでいいでしょ?」という文化があった。

一番大きな違いは見学させてもらった3名の先生方のスタンスが,心の底から

子どもたちの学びの力を信じている

というものだった。それが生徒指導や学習指導の細部に現れている。私も高校教師時代そんな感じだとは思っていたけれど,徹底してそうだから私の何歩も先を行っている。

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生徒に任せているから,机間巡視なんてしなくてもいいし,話し合っても話し合わなくてもどっちでもいいし,実験にいたっては,実験用具は用意してあるけれど,実験してもしなくてもいい。実験しないで東大の過去問やっていてもいい。もちろんレポートは提出してね。という感じ。

生徒たちは徹底的に自分を鍛えている。それは授業で環境が整えられているから,その環境をフルに活用しようという感じだ。

3年生の授業を見せてもらったのだが,放課後になって聞いたところ,1,2年生はそれほどでもなかったが,3年生になって真剣さが段違いに増したというのだ。3年間を見通して卒業時にこのような姿になるのを目指しての1,2年時の指導だったのだろう。もちろんそれは生徒たちを信じなければ出来ないこと。1,2年生の時に手をかけすぎれば,3年生の時にこのような姿はなかったのだろう。

高校生の授業を観たのは本当に久しぶりというか,自分の授業依頼だったから,機会を見つけて高校生に話しかけてしまった。

顕微鏡で見つけたものをスマホで写真撮って見せ合っている姿は,ああ,こういう方法があったのかと思った。なんだろう,今まで考えつかなかったし,何で考えつかなかったのかというと,どっぷりと不自由な高校文化に漬かっていたからななんだろうなぁと思う。

2016-09-15日商サテライト講座

[][]日商サテライト講座 日商サテライト講座 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 日商サテライト講座 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 日商サテライト講座 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

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日本大学商学部の教職課程を選択している学生さん3,4年生向けに講座を持った。他大学の学生さんに向けての講座は初めてだったのでとても緊張したが,学生さんたちの真剣さとノリの良さに気持ちよく話すことができた。

それには教職担当の先生の熱い思いが学生さんたちに伝わっているからだろう。真剣に取り組まなければならないということと,教職というのはとてもやり甲斐があるという思いをいつも熱く語っているということだ。

私は商業高校を1校経験し,普通高校であるが,商業科のある高校で,商業科の担任を三年間した。商学部の先生は,高校の商業科から転職した先生も多くいらっしゃる。なんだか,商業科で今までにあった先生と通じる熱い思いを感じ,とても懐かしかった。

何というか,高校現場でいろんな困難を乗り越えた感じのある先生方だった。高校現場を経験していなくても,商業高校出身の大学の先生にも何か同じものを感じた。

「実業」とひとくくりにするのはおかしいけれど,目の前の子どもたちをどう伸ばしていくのかという現実に教育をおこなっているという姿勢をその人たちに感じる。頭の中だけの教育ではないという感じ。

とても刺激を受けた。

群読講座を開いた。群読なんて初めてやる学生さんたちばっかりだけれど,

これを聞くと日大商学部に来たくなるような群読を作ろう!

という目標でおこなった。30分時間を取って,シナリオを作って,練習,その後発表という形だ。初めて人前で群読を発表するというのに,物怖じせず,声を合わせて,効果的な技法も取り入れて発表してくれた。

こういう姿を見ると,また来たくなるなぁと思った。

90分×2コマがあっという間の出張だった。

2016-09-13課題の設定

[]課題の設定 課題の設定 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 課題の設定 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 課題の設定 - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

どんなに生徒を引きつける力を持った魅力的な先生でも,授業において課題の設定が曖昧だとその授業での学びは生じにくくなる。

穏やかな口調で,いつも笑顔で,子どもたちの様子をたえず観察し,困っている姿があればすぐそこに駆け付けアドバイスをする。子どもたちのいい(と自分が思う)姿を見取り,全体にフィードバックする。

しかし,課題の設定が曖昧だということを知らないから,子どもたちへのアドバイスは,目の前の課題をこなして完成させるためのアドバイスになる。つまり,課題の完成のテクニックを教えるのであって,どうなれば学びに繋がるのかは気づかないし,自分の課題設定の曖昧さにも気づかない。

私は国語だから国語で例をあげてみると,文章を読んで,作文を書かせるということを目標にしたとしよう。まずは

文章を読んで書く

という活動の意味づけがしっかりしているのかどうかを問い直す。読むことと書くことは別のことだ。読めたからと言って書けるとは限りない。両者の間にはかなりの隔たりがある。

文章を読んで,文体をさぐり,その文体通りの文章を書いてみよう

となるとすっきりする。読んだ文章は「良文」とされるものなのだろう。子どもたちに文章の型を示し,それを真似させることは必要だ。

文章読み取りの時点で,どの文章からどの型が導き出されるのかをきちんと踏まえる必要がある。型は言語化して示すことができるから,チェック項目としてあげられる。

より良い文章になるようにアドバイスをもらおう

というような曖昧な目標だと,「より良い文章」とはどんなものなのか子どもたちには伝わらないし,この目標は「アドバイスをもらう」ことがゴールとなる。

そこで授業実習だが,

  1. 1人20分の持ち時間
  2. 事前に教科を決め,課題設定をしておく
  3. 課題を説明し,活動させる
  4. 教師役は活動を観察し,自分の課題設定の良し悪しを観察する
  5. 時間が来たら教師役と生徒役で意見交換

ということをやってみよう。

2016-09-12タイムマネージメント

[]タイムマネージメント タイムマネージメント - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - タイムマネージメント - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 タイムマネージメント - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

授業をうまくやっていくポイントの1つはタイムマネージメントだろう。

理科の実験の授業では,タイムマネージメントの力がかなりシビアに反映される。

実験に必ず何分間必要なのか,片付けの時間は何分必要なのかを考えると,前時のふりかえりの時間,実験計画の時間は自ずと決まってくる。

しかし,ふりかえりの時間,実験計画は必ず実験の前にあるから,「まだ時間があるや」という余裕から,冗長になる。ということは,この時間の授業の中心であり,時間が最も必要になる実験の時間が圧迫されてしまう。

ということは,かなり実験に目的意識を持たせないと,実験が意味のないものになる。ただ実験をやるだけになってしまう。子どもたちは実験の流れだけを追って,実験の意味を考えられない。教師が「時間が無いから早く」とせかすと,さらに悪影響になる。

ということで,タイムマネージメントの力を養うにはどんな授業を仕組めばいいのか?

  1. 15分間の時間設定
  2. 説明,実習,ふりかえりを考える
  3. 教師役が実際におこなう
  4. 生徒役はどの時間帯が足りないか,冗長だったかをふりかえる

という授業をやってみよう。

2016-09-11終わりに向かって進んでいる

[]終わりに向かって進んでいる 終わりに向かって進んでいる - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 を含むブックマーク はてなブックマーク - 終わりに向かって進んでいる - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 終わりに向かって進んでいる - Pay it Forward , By gones 片桐史裕 のブックマークコメント

この週末は,ノンフローになることばかり。アルビは負けるし,持病は悪化するし,掃除機は壊れるし……。

それでも,前任校の生徒が新潟市ジュニアオーケストラに入っていて,招待券をくれたので,りゅーとぴあまで聴きにいった。そうしたら,その同級生たちもたくさんいて,久しぶりに会えて嬉しかった。3月以来だもんなぁ。

生徒は高校3年生だから,このコンサートで卒団となる。最後のコンサートだ。なんだかんだ言って招待券をくれた生徒が毎年誘ってくれて,3年連続で聴きに来ている。

後ろに座っている同級生たちが,「このコンサートで最後だから,泣くかなぁ?」なんて囁いていた。そうか。このコンサートが終われば,彼女たちにとってこのオーケストラも終わりなんだ。曲を全て弾き終わればもう卒団なのか。と気づいた。

曲を弾き始めるということは,終わりに向かって進むということ。永遠に曲を弾き続けるということはできない。最後の曲はベートーベンの「運命」だった。「運命」の楽曲を全部聴いたのは初めてだった。

そしてアンコールは「威風堂々」だった。そういえば,毎年「威風堂々」だったと思い出す。私の大好きな曲だ。私の前の席に招待してくれた生徒のお母さんが座っていた。「威風堂々」が始まったとたんハンカチで涙を拭いていた。私も胸が詰まった。本当にこの曲が終われば終わりなんだとお母さんもわかっている。小学校の頃からジュニアオーケストラに連れて行って,終わりを生徒といっしょに迎えている。

終わりが来るから始まらない方がいいのかというと,そんなことはない。終わりが来るから全てが美しくなる。

ふと,学校というのは終わりがあるからこそ,意味があるのではないか?と思った。期限が区切られているから意味がある。期限を区切ること,終わりを設定することで意味を見出せる。「意味を見出せたら終わり」なんていうことにしたら,学校は意味がなくなってくるんじゃないだろうか?と思った。

前任校はずっといたかった学校だったけれど,必ず終わりが来るから,自分で終わりを付けたといってもいい。

人生も,終わりがあるから,意味がある。でも,自分で終わりは付けないよ。


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そんなことをつらつら考えながら,持病もちょっとはよくなったし,天気も良かったので,徒歩で家まで帰った。信濃川のやすらぎ堤を歩き,そういえば,ここら辺で去年は映画を撮ったなぁとか,あそこの屋台でビール飲みたいなぁとか思いながら,運動不足解消のために散歩した。

駅南のフットサルコートまでたどり着いたら,私が去年までサッカースクールに入っていた時の内田コーチが片付けをしていた。イベントがあったそうだ。内田コーチに話しかけて,ああ,私のサッカースクールも転職とともに終わりにしたんだなぁと,しみじみ思った。

今日は教師としての立場と生徒としての立場の「終わり」を短時間で経験した日だったな。

bunbun-hbunbun-h2016/09/11 19:48「曲を弾き始めるということは,終わりに向かって進むということ。永遠に曲を弾き続けるということはできない」・・・う~ん、いいですねえ、そして、そのとおりですね。
それと、長女は中高が吹奏楽、大学がオケで、ずっと演奏を聴いてきたので、読んでてちょっとそれとダブりました。

F-KatagiriF-Katagiri2016/09/14 23:22bunnun さん、音楽って、当たり前のように聞いていますが、不思議な活動です。聞いているようで、今の一瞬しか聞いていないんですよね。