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文字になった頭ん中。

2009-09-24支援日誌

本日分の支援日誌。考えがまとまっていないので,とりあえず頭ん中を文字にしてみました。

ご覧になる方には不自由をかけるかもしれませんm(_ _;m


教師の役割として,子どもに課題に対する必要感を持たせる働きかけが重要なものであると感じた。それを実現するために,なぜこの課題をするのか。なぜ,○○をしなくてはならないのかと伝えることを欠かしてはならないのではないか。

子どもが教師が提示する課題や,指示に対して消極的な態度を目にすることは少なくない。そこに教師と子どもの間にギャップがあると感じた。その間にあるものは「必要感」であると考える。

教師には,今学期中にここまでの学習を終えなくてはならないという必要感はある。しかし,子どもにとって進度のことについての意識が高いのは稀なのではないか(ただし,教師が進度の重大さを子どもに伝えていない場合)。また,教師には学習をすることの重要性は感じていても,子どもが同様に感じているとは限らない(ただし,教師が学習の重大さを子どもに伝えていない場合)。そして,学習の重要性のギャップを埋める方法として,これまで教材研究に力を注いできている。○○を学ぶことは楽しくて,実生活に生きるというアプローチが大半なのではないだろうか。しかし,かならずしも学級の子ども全員がその教材によって必要感を持つとは限らない。ゲーム性の高いものであれば,ともすれば学習から逸れて,ねらいを達成できない場合もある。(もちろん,教材研究によって得られる効果は高い)

では,教師と子どもの間のギャップ埋めるためにはをどうするべきなのか。感覚的に,教材研究からのアプローチは子どもへの間接的な働きかけであると感じる。直接的な働きかけとして,教師が素直に語ることも必要ではないだろうか。「○○のために,これこれをします」という,ある目的を達成するためにこれをするんだという理由を語ることではないだろうか。(○○は高次の目的。来年の勉強で必要だからというような理由ではなく,人として生きる上で必要なこと)

今後,教師と子どもの間のギャップを埋め,互いに近しい必要感で繋がるための方策を考えていきたい。

katokiti2003katokiti20032009/09/25 02:43>直接的な働きかけとして,教師が素直に語ることも必要ではないだろうか。「○○のために,これこれをします」という,ある目的を達成するためにこれをするんだという理由を語ることではないだろうか。(○○は高次の目的。来年の勉強で必要だからというような理由ではなく,人として生きる上で必要なこと)

すっごく勉強になりました!
明日はこの線で行ってみます。
ありがとうございましたm(_ _)m

D902iD902i2009/09/25 22:21+katokitiさん
コメント,ありがとうございます!
文章を読み取ってくださり,感謝です。笑
私の意見が,少しでも貢献できたでしょうか?もし,一歩でもkatokitiさんの前進を助けられたなら幸いです。